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サラダが来た。アボカドサラダだ。虹子は手をつける前に返事をした。
「出版社で働き続ける道は選択できないの?」
直人は眉根を寄せた。
「出版社で働いていて家事ができるのか? 僕はね。お昼は外食を食べないし、コンビニ弁当なんてもっての外だ。お弁当は必ず持っていきたいし、部屋も掃除が行き届いていないといやだ。布団も晴れた日には干してほしいし、夕飯は凝ったものが食べたい。働いていたら無理だろう」
確かに無理だ。出版社は残業が多い。朝も今までヨーグルトだけで間に合ったが、朝食を作ってそのうえお弁当まで作るとなると厳しいだろう。でも直人とは結婚したい。どうしたらいいのだろう。虹子は返答に窮した。サラダを食べる。胡麻ドレッシングで美味しい。
婚約指輪を返して考えさせてと言おうか。それが最善のように思える。でも奢りとはいえ三万もする鉄板焼きのコースを食べている最中に空気を悪くしたくない。料理が不味くなる。話を変えよう。
「新しくアパートを借りるの?」
「ああ、新宿からそう遠くないところに2LDK位の物件を探そうと思っている。そんなに豪華なところは借りられないがそれでもいいか?」
以前、給料の話になったとき直人は月給を六十万位もらっていると言っていた。システムエンジニアってそんなに儲かるんだと思った覚えがある。月給六十万にボーナスがあればある程度いい場所に住めていい暮らしができるのは想像だに難くない。
「部屋は直人さんに任せる。私の荷物なんて洋服ぐらいだもの」
洋服だってワンシーズン着たらだいたいは捨ててしまうからあまりない。テレビも中古で買った古いものだし洗濯機だって古い。リサイクル業者に引き取りに来てもらえば引っ越しは業者を呼ばずに宅配便だけで済むかもしれない。
いろいろ考えて虹子は苦笑した。プロポーズを受けて、その日にここまで考えるのは早すぎるのではないか。いや、結婚は虹子の人生を左右する大事な問題だ。第一、専業主婦になる気はないのだから。引っ越しの問題はその次だ。
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