スケッチ何それ美味しいの

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スケッチ何それ美味しいの

「今日の提出あと何枚!? 10枚!? 誰だよこんな溜めたやつ!!」  叫びながら頭を掻きむしるも、それで仕事が終わるわけでもない。ボサボサの頭で項垂れる。このくらい何とかなるといった昨日の自分が憎い。  必死で頭を絞りペンを走らせコードを打ち込み試行錯誤を繰り返し……ようやくひと心地ついた時にはすでに22時を回っていた。  厳しかったが何とか乗り越えた。  フリーのAI絵師、榎本(えのもと)愛(あい)は机の上に散らかしたラフの束を片付けながらほっとため息をついた。      この世界から絵描きという職業が無くなって久しい。(正確には昔から居る高名なイラストレーターなんかは残っているが極少数) 愛が物心ついた頃にはほとんどの家電にAIが搭載されていたし、ちょっとした広告や創作作品はAIで生成するのが当たり前だ。  昔は手で描くのが当たり前、著作権の侵害も平然と行われ損害賠償だ何だと大変だったらしいが、今ではAIに読み込んでいい画像とそうでない画像の線引もはっきりされた。だからこそ、駄目な画像が組み込まれている事がバレれば裁判になることも珍しくない。 使っていい絵のデータは基本有料。フリーのサイトももちろんあるが中身が確かかは保証されていないため、小心者の愛はもっぱら有料カタログ派だ。    愛はAI導入前のオタク文化が大好きだ。2010年〜2025年位の美しいイラストが特に好きだった。まだ手描きが主流の時代の作品だったが、愛には職人のような根を詰めて修行出来るイメージは持てなかった。しかしどうにかして自分も作る側になりたくて、AI絵師に的を絞って専門学校へ入学。コードの入れ方や、AIの判別しやすいラフの描き方を3年間みっちり学んだ。  仕事にするのは中々厳しいと言われていたが、とにかく小さい仕事でも何でも受けることでどうにか食いつないでいる。 「うーん、やっぱり手が見えないポーズしか作れないと出来ないことが多いなあ」  AI絵師には大きく分けて2つのタイプがいる。ラフだけ描いてAIにひたすら作らせて良いものを選びながら展開させていくタイプと、ある程度のものが出来たら直接レタッチを加えるタイプだ。  愛の場合は圧倒的前者。以前どうにかして手を修正しようとして4時間かけた力作を、『骨折してるの?』の一言で叩き斬られたショックは大きかった。  しかし絵師業一本でやっていくならそろそろ画像編集の技術もほしいところだ。今度AIコンシェルに手頃な講座を調べてもらおうと思いつつ、布団に入る。  とにかく今日は疲れた。  気絶するように眠りにつく。そんな生活がここ1年続いていた。    翌日、起きたのは昼過ぎだった。貴重な休みの半日をすでに潰してしまった訳だが、そのことを嘆きながら風呂に入りお昼ご飯を食べ、夕方まで趣味の古本屋廻りをするのがいつものルーティンだ。  家から一番近い、愛が古本屋廻りをするようになったきっかけとも言えるそのお店は、お爺さんが一人で切り盛りしている小さな店だった。いかにもな歴史書から古風な漫画、雑誌まで、様々なものが雑多に並んで、そこからよく分からないなりに面白そうな一冊を見つけるのが宝探しのようで楽しかった。  紙媒体の本なんて時代遅れと思われるかもしれないが、愛はそうした本を集めて寝る前なんかにぱらぱら捲るのが学生時代から習慣にしていた。  愛はいつも通り長い時間店をうろつき、厳選した何冊かを購入する。他にも数店回って大量の本を抱えて家に帰った。電車の中では周りから奇異の目で見られたが、愛はそんなことお構いなしに帰ったらどれから読もうかと胸を弾ませていた。 「あれ? これ……本じゃない」  買った本を整理していると、本と本の隙間に挟まるように極薄いノートが混じっていた。購入した覚えのないそれは、あのお爺さんの古本屋で買ったものだ。お爺さんがボケて一緒にしてしまったのか、はたまた自分で手に取ったときに挟まっていたのか。厳選したんだから私じゃない!と言えない程度にはずぼらな自覚があった。  表紙に【CROQUIS】と印刷されたそのノートは、よくよく見ると作者名も出版社も書かれていない。軽く捲ると白紙ばかり。普通のノートと違って罫線も無い。 「あっ……何か書いてある」  何のためのものだろうと捲っていくと、数枚だが何かが書かれたページを見つけた。それはほとんど掠れて見えなくなっていたが、 「これって……絵? でもラフとは違うような……。もしかしてこれ"スケッチ"ってやつ?」  それは以前レタッチについて学校で習ったときに出てきた。なんでも手作業でやっていた頃の絵描きが、修行期間のようなものを設けてやっていたことらしい。写真や実物を観察してひたすら描いて覚える……という気の遠くなるような作業だったはずだ。 「すごい、上手……AIみたい。きっと有名な画家のスケッチブックなんじゃない!?」  愛は貪るようにその数ページを何度も何度も繰り返し見て、線を指でなぞっては唸った。ザラザラとした感触と指につく黒炭に、本当に手描きなんだと妙に実感する。  昔の絵師……いや絵描きはもっと大変だったと聞く。この人はどんな作品を作ったんだろうと、名を知らないこのスケッチブックの持ち主に思いを馳せながら、愛はいつの間にか寝落ちしていた。     『人のノート勝手に見てんじゃねえよ』 「……は?」  愛の目の前には知らない男の人が立っていた。腕組みをしたその男は眼鏡越しに不機嫌そうにこちらを睨んでいる。 「いやあの、誰?」 『お前が勝手に見たんだろう。あのノートの持ち主だ。さっさと返してもらおうか?』 「えーと……何これ、夢?」  とりあえずムカつくので、『何言ってんだコイツ』みたいな顔はやめてくれ。
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