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「だけど、状況が変わったのは5年前。料亭が経営難で店を畳むことになったんです。結婚話も無くなって、彼は他の料亭で働くことになりました。だけど、彼のお父さんが1つの提案をしたんです。
私を旅館の跡継ぎにして、予定通り結婚を進められないかと。だけど、父はお兄ちゃんを跡継ぎとして決めていたのでそれは無理だと断ったんです。で、その場にはお兄ちゃんもいたという話です。
お兄ちゃんは私の気持ちを知ってたから、私のために身を引いたんです。自分がいなくなれば私が跡を継ぐのは必然になるから。そうでしょ、お兄ちゃん」
お兄ちゃんはみんなの視線を受けてようやく口を開いた。
「まあ……麻佑の話は概ね間違ってないよ。でも、僕があの家を出たのはそれだけじゃない。前にも言ったと思うけど僕には接客業は向いてない。麻佑と亮平くんがやった方がいいって判断しただけ。でも、父を説得できる自信がなかったから強硬手段に出たんだ」
「お父さんはそうは思ってなかったと思う。私に継がせるの、不安そうだもん。私も自信持てきれなくて、覚悟を決めに来たの。私が未来を奪ったお兄ちゃんが今幸せでいれば、もう後悔なく前に進めるから。
仕事は環境もいいし、充実してそうだった。あとは彼女がいればって思ったんだよ。原田さんは綺麗だしいい人だからお兄ちゃんと……って焦っちゃいました。ごめんなさい」
私は改めて原田さんに頭を下げた。
「麻佑さん、彼女がいることが、結婚してることが必ず幸せとは限らないわよ。勿論好きな人と寄り添うことができればそれに越したことは無いけれど。今の窪田さんをちゃんと見てあげて」
「俺は今の生活に後悔はないんだ。だから俺のことはいいから自分の幸せを第一に考えてほしい。俺、麻佑と一緒に家に行くよ。家を出た理由も含めて親父とちゃんと話するから。麻佑の結婚をちゃんと祝うために」
お兄ちゃんはお兄ちゃんだった。昔から安心感があって、優しい。私はこの背中を追いかけて生きてきた。だけど私の目の前にお兄ちゃんの背中はもう無い。その代わり遠くから光を照らしてくれる。迷いや不安はもう無い。私はお兄ちゃんの手を取って言った。
「うん、一緒に行こう、お兄ちゃん」
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