00 終焉と満月

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 多くの人々はあの日、“月を2つ見た”と口にした――。 ♢♦♢ ~リューテンブルグ王国~  日が完全に沈みきった真夜中。王国中が静寂に包まれ明かりも消灯。それと対照的に、夜空には満月と無数の星々が光り輝いていた。数時間後に昇る太陽の日差しと共に、また今日という1日が始まりを告げる。  誰もがそんな風に思っていた。  いや、そんな日常が当たり前過ぎて誰もが思わなかったのだ。  何時もの日常が、突如“終焉”に変わるなんて――。 「――逃げろぉぉぉ!!」 「キャアアア!」 「あれは一体……⁉」 「大至急国王へ連絡するんだッ!」 「ド……“ドラゴン”が現れたぞッ!」 「何が起こった……⁉」 「どうなってるのよ⁉」  困惑、動揺、戸惑い、焦り、緊張、不安。多くの人間が今抱いているであろう感情の分だけリューテンブルグ王国に明かりが灯っていく。それと同時に王国中に響き渡る物々しいサイレン。一瞬にして、リューテンブルグは異様な空気に包まれた。  目を覚ました人々は次々と明かりを点け外の様子を伺う。その明かりは“ある場所”を中心に波紋の様に王国全てに物凄い速さで広がっていった。そして、気が付いた時には大勢の人々が絶望へと突き落とされているのだった。 「――ドラゴンは王都から5㎞以上離れた“東の街”だ! 直ちに人々を避難させ、戦える者は騎士団と共にドラゴンの進行を防ぐんだッ!決して無茶はするな! 人命と避難を最優先に行動しろ!」  リューテンブルグの中心に建つ城の入り口。そこには、この国が誇る優秀な騎士団員達が何十人も集まっていた。彼等は皆王国の紋章が施された甲冑やローブを身に纏い、手や腰には剣等の武器が備えられている。集まる彼等に指示を出している一際屈強な男。名は『エドワード・ヴォルグ』 「エドワード“副団長”、準備が整いました!」 「よし。全員行くぞッ! 何としても多くの命を守り切れ!」 「「オオォォォ!」」  エドワードの号令により騎士団員達の士気が更に高まり、一行はドラゴンが現れたという東の街へ一目散に向かうのであった。  ♢♦♢ ~リューテンブルグ王国・東の街~  まさに“大厄災”――。  眼前に広がる景を見たエドワードと騎士団員達は一瞬言葉を失った。大勢の逃げ惑う人々。辺り一帯の建物は破壊され木材や瓦礫が粉々に散らばっていた。何かの原因で点いたであろう火は街中に広がり火の海と化し、焼けた臭いや真っ黒な煤が風に運ばれ街全体に漂っていた。目的のドラゴンはまだ先にいるのか姿が確認出来ない。 「助けてくれぇ……」 「ママー! パパー!」 「ゲホッ……ゲホッ……!」  エドワード含め、騎士団の者達の視界に入るだけでも相当の数の人が逃げ遅れている。瓦礫の下敷きになり動けない者や夥しい出血をしている者。足が折れて蹲っている者や懸命に人を助けようとしている者から明らかに死んでいる者まで。  俄に信じ難い現実の中、エドワード達は再び気合いを入れ、我先へと逃げる人々の波を逆いながら急いで人命救助に出た。 「全員、近くにいる者達を助けろッ! 急げ! 1秒でも早く、1人でも多くの人間を救出するんだッ!」  困難な状況でも冷静な判断と行動で動けるのが騎士団の強み。火を消したり瓦礫を動かしたり怪我人を回復させたりと、一斉に動き出した騎士団員達は各々が得意な魔法で行動に出た。 「ここは頼んだ! 俺は一足先にドラゴンの元へ向かう!」 「分かりました! 気をつけて下さい副団長」 「ああ」  更なる被害を食い止めるべく、エドワードは破壊された街を辿る様にドラゴンの元へと向かう。魔力を練り上げ猛スピードで突き進むエドワードの視界にふと、街を焼き焦がす火災とは異なる一際輝いた神秘的な光が飛び込んできた。  その輝きは月光の如し――。  誰もが目を奪わてしまう程に美しく神々しい。まるで、到底手には届かない遥か遠くの月が直ぐ目の前に訪れているかの様な錯覚。周囲を無残に焼く火とは比べ物にならない洗礼さと気品さを感じさせる輝き。神秘的にも関わらず何処か儚さも伝わってくる。 「あれが幻の……“満月龍”……」  光り輝くものの正体を見たエドワードはまたしても言葉を失った。度重なる非現実な出来事を理解する事で精一杯。速やかに処理出来ない頭とは逆に、無意識ながらも体は効率の良い動きをしていた。  古よりこの世界に伝わる幻の龍……ラー・ドゥアン・ファンフィーネ・ルア・ラグナレク。またの名を『満月龍(ラムーンドラゴン)』  存在自体が幻とされている満月龍であるが、その神秘的な姿は見る者全ての“視線を奪う”と言い伝えられていた。美しさ故に、人々は疎か全生物が本能的に視線を奪われてしまう。そしてこの言い伝えにはもう1つの意味があった。  満月龍の訪れは“終焉”を生む。  言葉通り、満月龍は自身の姿で全ての生物の視線を奪い、その終焉の力で全てを破壊する――。 『ヴオ″ォォォォォッ!!』  この世界でも3本の指に入る大国が1つ、リューテンブルグ王国。そんなリューテンブルグは人間を初め、多岐に渡る種族が大勢暮らしていた。人々の数や文明も栄え、王国の広さや規模もトップクラス。間違っても小さくはないであろう王国の一部が、僅か数分で壊滅状態に陥っていた。  悲惨な現状。神秘的な見た目とは裏腹に、耳を塞ぎたくなる様なけたたましい雄叫びを上げる満月龍。全長70m以上はあろうかという巨体に禍々しい鉤爪。剣など簡単に弾き返してしまいそうな強固な鱗を全身に纏い、尻尾を一振りしただけで街がまるで玩具の様に破壊された。背中に携える屈強な翼が少し羽ばたけば、たちまち暴風並みの強い風が生じ人々を襲う。  エドワードが姿を確認してから満月龍が取った行動は……雄叫びを上げる。尻尾を振る。翼を動かす。たったこれだけの事でざっと2桁の人々が死んだのではないだろうか。  人が立ち向かうには余りに無力。  情けなくも、エドワードが脳裏に真っ先に浮かんだ言葉はこれだった。  何処から攻撃すればいいのか、どれ程強力な魔法を放てばいいのか。普段は考えもしない事が一気に頭を駆け巡る。 「助けてー!」 「ヤバい……! ごちゃごちゃ考えてないで動け俺ッ!」  相も変わらず逃げ惑う人々の群れ。エドワードはそんな中で1人の泣きじゃくる子供に目が留まった。5歳くらいの男の子。か弱い小さな体で自分の背丈の倍以上はある瓦礫を動かそうとしていた。火災の煙と多くの人々で視界が悪かったが、エドワードはその男の子の直ぐ足元で瓦礫の下敷きになっている人の影を確認した。 「大丈夫か⁉」 「ゔゔッ……! おじさん、パパとママがッ……助けて……!」  下敷きになっていたのは男の子のお父さんとお母さん。2人共体の半分以上が瓦礫に埋もれ、大量の血が流れていた。エドワードが呼び掛けるも全く反応が無い。まさかと思いながら脈を確かめたが時すでに遅し。どちらも既に息絶えていた。 「パパとママ大丈夫だよね? 死んでるの……?」  不安一杯の表情で問いかける男の子。  エドワードは「心配するな」とその子を力強く抱きしめた。男の子を……そして自分を落ち着かせ、一刻も早くこの場から立ち去ろうと思った瞬間、満月龍が振るった尻尾が凄まじい速さでエドワード達に迫っていた。 (しまッ……!)  僅か一瞬。その反応の遅れが時として命取りとなる。エドワードは反射的に男の子を庇うのが精一杯であった。  ――ガキィィンッ‼  終わりだと思った瞬間、エドワード達を捉える寸での所まで迫っていた満月龍の尻尾が、突如“何か”によって大きく弾かれた。 『ギヴァァァ……!』 「――大丈夫かエド」 「“ジン”!」  エドワードの前に現れたのはジンと呼ばれた1人の男。名は『ジンフリー・ドミナトル』 「助かったぜ」 「とんでもねぇ事になってやがるな……他の奴らは?」 「もう動いている。人命最優先でな」 「そうか。なら俺らは早くアイツ食い止めないと」 「相当厄介だぜコイツ……。おい、この子を頼む!」  エドワードは近くにいた騎士団員に男の子を預けた。 「エドワード副団長。ご覧の通り、街中大混乱となっております。随所で団員が懸命に避難と救助を行っていますが……直ちにこのドラゴンを何とかしなくては人々どころか王国が……」  満月龍を見上げるエドワードとジンフリーと騎士団員達。上を見上げながらにしてここまで絶望を感じるのも珍しいだろう。 「任せろ。俺達が何としてでも止めてみせる」 「わ、分かりました。私達は引き続き皆を避難させます! 気を付けて下さいね、エドワード副団長。ジンフリー“大団長”」  数名の団員達はそう言って引き続き人命の救助に向かった。 「若い団員に心配されるって事は俺らも歳かね」 「まぁ若くはないな決して」 「ハハ。まぁ冗談は抜きにして早く止めるぞコイツ」  リューテンブルグ王国が誇る精鋭の騎士団員達。13の団に分かれた団員達の総数は200人を超え、その全てを統率するのが彼、ジンフリー・ドミナトル大団長。リューテンブルグ王国最強の剣士である。  動き出した王国最強のジンフリーとエドワードは遂に満月龍と対峙。  そしてこの日――。  リューテンブルグ王国は終焉を迎えた。  夥しい出血と、一筋の涙を流すジンフリーと共に――。 「マリア……ミラーナ……ジェイル……パク……」
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