1人が本棚に入れています
本棚に追加
幸せになりたいですか?
男は走る。終電を逃すまいと必死に走る。駅に入り、PASMOを使って改札を突っ走る。
終電が行ってしまうまで、1分を切った。必死にホームに駆け下りる最中、電車が見えた。ドアはまだ開いている。
「よし、間に合った!」
男は転びそうになりながらも、階段を駆け下りる。あと3,4歩で乗り込めるというところで、無情にもドアは閉まった。
「嘘だろ!?」
絶望する男のことなど知った事かとでも言うように、終電は静かに走り出す。
男は「最近の電車は静かになったなぁ。今の子供達は電車のおもちゃで遊ぶ時、ガタンゴトンとか言わないのかなぁ」なんてマヌケなことを考えながら、電車を見送る……。
「はぁ、また漫喫か……」
電車の姿が見えなくなると、男は座り込み、盛大なため息をつく。
佐々木久寿男、32歳独身。幼い頃、ピアノを習っていて、腕前も確かではあったが、何故か毎回4位止まりで、親も先生も、もちろん本人も首をかしげていた。
当時流行っていたからという理由で始めたスケボーは、すぐに上達して周囲から尊敬の目を集めたが、あまりにも簡単すぎてやめてしまった。
勉学も運動もそれなりに優れていたが、いつも4位止まりで、表彰台に乗れたことなど、一度もない。
大学を出て2流企業に入社し、ここでもそこそこの成績で、周囲からの評価は「すごいっちゃすごいんだろうけど、パッとしない人」という、微妙なもの。
恋も友情もそんな感じで、一緒にいて楽しいけど、楽しみきれない。安心感はあるけど、すべて委ねきれないなど、いまいちな評価ばかり。
それが終電を逃したこの男の簡単なプロフィールだ。
イマイチなのは成績や周りの評価だけでなく、佐々木自身もだった。何をしても不完全燃焼。一生懸命取り組んでいるつもりなのに、どこかで冷めた自分に見下されている感じが常にある。
すべてにおいて全力を出しきれず、幸も不幸も、すべて中途半端。
感情が100%に振り切ったことがない。と言えば伝わるだろうか?
自分の人生はこんなもの。1も100もない。60から80をさまよう、パッとしない人生。それが佐々木久寿男という男だと、自覚している。
とは言え、彼は自分の人生を完全に諦めているわけではなかった。
いつかきっと、死物狂いで取り組める何かに出会えるはず。心の何処かでそう思っている。
「どこの漫喫行くか……。それともカプセルホテルか? あぁ、でもその前に、駅員と話さないと……」
コンビニで夕飯も買って、明日は休みだから、服のことは気にしないで済みそうだ。
これから自分がすべきことを淡々と整理しながら立ち上がり、のろのろと階段を登っていく。
あぁ、体力無くなってきたな。ジムとか行こうかな。いくらくらいするんだろう? 通勤ルートに手頃なジムがあるといいんだけど。
自分の体力の衰えに気づいた佐々木は、スマホでジムを探す。先程座り込んでしまったのは、終電を逃したショックではなく、疲れが後から襲ってきたからだった。
最初のコメントを投稿しよう!