幸せになりたいですか?

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「お客様」  場違いなほど凛とした声。若々しい、青年の声だ。女性達にきゃーきゃー騒がれている人気声優のような、洗練された声。純正男性の佐々木でも、思わずドキッとするような、魅力的な声。 「お客様。階段を登っているお客様。あなたですよ」  振り返ると、背の高い駅員がいた。帽子を目深に被っているため顔は見えないが、唯一見える口元は、美男子を連想させるほどに形がいい。  こんな駅員いたっけ? そもそも、ここには自分以外いなかったはず。  そんな疑問をかき消すほど美しい声に、佐々木は取り憑かれたように階段を降り、駅員の前に立つ。 「お客様。最近、心の底から幸せだと思ったことはありますか?」 「は?」  駅員の質問は、声に魅了された佐々木を我に返すほど、突拍子がない。 「ですから、心の底から幸せだと思ったことはありますか? 『こんなにいい思いしたし、もう死んでもいい』とか、『これで運全部使い切った』と思えるほど、幸せなこと、ありました?」  なるほど、質問の意味は理解できた。だが、質問の意図は未だに理解できない。 「無いけど、駅員がそんなこと聞いてどうするんですか?」 「自己紹介が遅れました。わたくしに名前はありません。不幸駅の駅長です。皆様からは駅長さんと呼ばれております。駅長でも、駅長さんでも、好きなようにお呼びください」  駅長は自己紹介をした後、優雅に一礼してみせる。声といい、所作といい、駅長というより、良家出身の紳士といった感じだ。 「不幸駅? 何言ってるんだ?」 「幸運の女神には、前髪しかないという話をご存知ですか?」 「おいおい、質問を質問で返すなよ。さっきからアンタ、おかしいぞ。名前がないだの不幸駅だの、からかってるのか? それとも、名前と一緒に常識や礼儀ってモンも忘れたのか?」  うんざりした佐々木は、どのコンビニで弁当を買おうか考えながら、駅長に冷たく言い放つと、くるりと背を向けた。 「わたくしは、至って真面目です。先程も言いましたが、幸運の女神には、前髪しかありません。それを掴むチャンス、ほしいとは思いませんか?」 「バカバカしい」  これ以上相手にしても仕方ない。そう判断した佐々木は、まともな駅員の元へ向かう。
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