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孤独な道案内人
ゲームでは勿論、異世界へ行った時もまず最初に行われるのがチュートリアルだ。そこではこの国や街の説明。それに加えて戦闘方法や時には魔物のテイム方法を教える事だってある。
けれど俺、案内人は独りだった。まぁ、当たり前だろう。チュートリアルでしか出て来ないしがないおっさんだ。俺なんかスキップして
ストーリーを進めたいと思うのが普通だ。
そしてあの日も俺はいつも通り迷える民達にこの街の事を教えていた。
『この街はベルナの街と言うんだ。かっこいいだろ?』
『そしてお前さんの前にあるのが冒険者ギルド。そしてその隣が商業ギルドだ。まずは冒険者ギルドに行ってみるといい。それじゃあな、迷える民達』
一回の説明が終わると俺はまた持ち場に戻る。このベルナの街の門を守る……それが俺の居場所だ。さて、今日はあと何人迷える民がこの街に来るんだろうか……そう思っていたその
瞬間、俺の潜在意識がこれで最後だと認識する。門の前に迷える民が転移され俺は説明を始める。
『この街はベルナの街と言うんだ。かっこいいだろ?』
『そしてお前さんの前にあるのが冒険者ギルド。そしてその隣が商業ギルドだ。まずは冒険者ギルドに行ってみるといい。それじゃあな、迷える民達』
その言葉でゲームのチュートリアル。いわゆる俺の説明は終わった筈だった…………
「あ、あの! もっと聞きたい事があるんですけど!」そんな彼女の言葉を聞くまでは……
どうして? そんな考えが俺の脳に浮かぶ。俺はNPCだぞ? 感覚的には意識はあるがそれも創造神の手によって造られた紛い物かもしれないというのに……
俺はから回る思考を整理しながら彼女に言葉を発した。
『嬢ちゃん? 他に聞きたい事はあるかい?』
いわゆるテンプレの回答……俺の言葉に対して彼女はどう答えるか……そんな風に考えていた瞬間に彼女は言葉を発した。
「案内人さんの名前を教えてください!」
少女から放たれた初めての質問。それに対して俺はNPCだという事を忘れて笑ってしまっていた。
「いやぁ、俺の名前ね……覚えときな嬢ちゃん。俺の名前はソドム。案内人のソドムだ」
生まれた時に名付けられたソドムという名前。案内人として活動してからは全く呼ばれなくなった。そしてもしあと少しこの質問が遅ければ俺は自分の名前を忘れてしまっていただろう。
俺は冒険者ギルドに向けて出発しようとする
彼女を見てなんとも言えない奇聞に陥った。
何だろう……分からない。そんな中、彼女は俺に言葉を放った。
「ソドムさーん! 私はユナって言います!また戻ってきたら会いましょう!!」彼女、
いやユナの言葉で俺が感じていた違和感を理解する。彼女の名前を知りたかったのだと……
俺はNPCだ。NPCがプログラム外の行動をするのはおかしい。直ぐ様修正が入るはずだ。
けれどユナとの会話は俺の脳内にずっと残っていた。ソドムという名前を覚えてくれた初めての迷える民。いつかまた逢えたら自身の名前を思い出さしてくれたユナにお礼をしたいな……
俺はそんな思いを頭の片隅に起きつつまた
独り門の前に立った。独りな筈なのに今までと比べて心がほんの少し軽くなったように感じた……
☆☆☆
俺がユナと出会ってから3年が経った。迷える民が来る回数は日に日に減少しており俺の
出番も全くと言っていいほど無くなった。今だってもう殆どの民がベルナの隣町。クロム街を拠点として活動してるらしい。まぁ、当たり前か。ベルナの街と比べると武器設備が整い過ぎてるからな……
それでも俺はNPCとしての責務をやり切る為門の前に仁王立ちで立つ。その時だった。
「ソドムさーん! 久し振りです!」その声を聞いて俺は笑いながら言った。
「おう! 久し振りだな! ユナ!」
NPCのソドムをNPCから開放したユナはこれからいくつものイベントを通じて有名になっていく。そして彼女がずっと言っていたソドムという名前は幾千もの時間を通じてこのゲーム。ひいては世界全体に浸透していく……
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