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こいつに出会ってから、何かしていいか等という許可を求められたことはない。何処からくる自信なのか、日々その直感を働かせ、結果俺や周りの者達がどんな面倒を被ることになろうと、常に前しか見ていないのだ。
自分の死角となり得る背中を触られるのには、それなりの抵抗感がある。だが、いつもは見ることのない、少し自信のなさそうな、少し遠慮がちな物言いのそいつを見て、
「……はぁ。好きにしろ」
そう言ってしまった。
早速背中の後ろに陣取ったそいつは、しばらくじっと見ているようだった。
長年の死角への警戒心が働き落ち着かない。触るなら触って、さっさと離れて欲しい。
すると、ゆっくりと指先で右の肩甲骨辺りを触り始める。
「っ」
一瞬体が反応する。
「これ、痛いのか?」
古い傷を触っていたようで、そう聞いてくる。
人生で背中をこんなに見られてること自体初めての経験だ。どうしたって死角への神経が集中してしまう中触られた為、必要以上の反応を示してしまった。だが、今死角に居るそいつにそれを伝えることは、自分の弱みを見せるようで、
「もう痛みはない」
とだけ答える。
聞いておきながら、答えなんてどうでもいいとでもいうように、指先を動かし続ける。子供が指文字のようにして遊んでいるのかとも思ったが、どうやらそれぞれの傷をなぞっているらしい。
本当に変わってる奴だ。特に女子供というものは、こういう人の痛みや死を連想させるものを好まないはずだ。敢えてそれに近づき、なぞっているのだ。
「っ」
左手も動かし始める。もう俺の反応などどうでもいいらしい。
くそっ。
落ち着かないこの感覚はなんなんだ?
痛いわけではない。痺れてるわけでもないが、少しそれに近いような感覚。
それなりに長年、訓練や修羅場を乗り越えてきた。あらゆる色んな事への耐性は出来ている。だが、こんな感覚は知らない。
もうやめろと言うか?
触るならもっとしっかり触れと言うか?
いや、わざわざあんな顔をして確認してきたこいつに、好きにしろと言ったのだ。
……これはきっと、自分に足りなかった部分の忍耐力をつける為の訓練だ。死角でこんな事されたら、咄嗟の的確な判断や反応は出来ないかもしれない。その危機感に気付き克服する為の訓練だ。
そう考え、堪え忍んでいると、肩甲骨の下に両手が添えられる。
そして、背中の中央に頬と髪の感触。
完全に死角を取られた。
だが、さっきまでの感覚より、こっちの方がずっといい。
しばらくそうしていると思ったら、ベッドから飛び降り床を踏みしめ、
「さてと、今日はどんな店に食いに行こうか!」
そう言って腰に両手を当て窓の外を見ているそいつは、すでに自信に満ち溢れている、いつものそいつだった。
全く何を考えているのか微塵も分からない。
まあ、とりあえずは晩飯を食いに行くとしよう。
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