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俺へ。
殺すぞ…………
「王様から教育係の認可、無事に下りて良かったですね!」
「そうだな……」
ひとまず変な形で魔界との決戦に決着がつき、マオから引き離されることへの期待も含めつつ、王へことの顛末を報告した。その帰りの王城廊下、俺はきた時と変わらぬ形で腕にひっついてくるマオをいなしつつため息をついたのだ。
マオは世界一かわいい。それは計算のうちだ。
しかし誤算だったのが王はショタコンだったことである。ショタコンの王に可愛い可愛いマオが頼み事をすればどうなる? そつ、大体全ての望みが通ってしまうのだ。
「ええと確か、学校へ行って勉強……でしたよね? 恋ってどうしたらできるんですか?」
「あ? いや、恋は狙ってできるもんでもねぇだろ」
「そ、そうなんですか。困ったな……」
マオは俺の口八丁を信じ、学校へ行くつもりらしい。政治のことを学び、教養を身につける。俺なんかの給金ではマオにさせてやれなかったことだ。
「それに関してはありがたいな……」
「なんですか?」
「いや……学校なんざ行ったことねぇな、と思ってな」
だからこそ頭から抜け落ちていた。戦争孤児の俺は学校に行って何かを学ぶということがなく、酒場の奴らに計算や文字を教えてもらっていた。憧れがないわけでもないがこの年で霧散し。
(そうか。普通のガキは、学校に行くのか)
自分で言い出したことだが、マオが口にして初めて実感する。俺ではマオを学校に行かせてやれなかった。それが悔しいやら、マオが学校に行けることは嬉しいやら。
「何言ってるんですか?」
「は?」
「レインさんも行くんですよ」
「…………は?」
は?
絶句する俺の隣、マオはきょとんとこちらを見上げてくる。きょとんじゃなくてな。
今せっかく人が感傷に浸っていたというのに嫌どういうことだそれは。俺は冒険者だぞ。働かないと食い扶持もないっつーのに学校なんて──
「ししょーー!!」
「どへぇっ」
「レインさん!!」
どっ! と弾丸のように飛び込んできた何かを受け止め、何とか踏ん張る。思考は自然に霧散し、俺のことをこの世でただ一人師匠などと呼ぶアホの頭をベシッと叩いた。
「……ヒジリ! お前!」
「わーすんませんっす!!」
ヒジリ・アマミ。異世界であるニホンから来たという選ばれし光の勇者であり、色々あって俺が冒険を教えることとなった少年だ。
天の御使と融合したからかすっかり光を弾く白金になった元黒髪をわっしと掴んでやると、煌めく碧の眼光が俺を射抜いた。これも黒茶をしてたはずなんだがな。
「でもでも、師匠が生還なされて良かったっす! 王様と謁見するからってエヒトに止められてて!」
「事実、ここは謁見の間へ続く廊下だ……王城内なのだから、大人しくしやがれ」
「エヒトくん」
わちゃわちゃと懐いてくるヒジリの背後、闇からヌッと現れたのはエヒト・ギョウアン。同じくヒジリの故郷からやってきた彼の幼馴染で、ヒジリとは違い闇の力を生まれつきその身に宿した少年だ。
一時期失踪し、天の力を持つヒジリを魔王直属の部下として殺しに来ていたのだが……紆余曲折あり、ヒジリは光の勇者として、エヒトは闇の勇者として讃えられることとなった。
そして魔王直属の部下。つまり。
「あっ貴方! 父さんの器じゃないですか!」
「魔王……噂には聞いていたが、こんな」
「魔王じゃありません、魔王見習いです! ね、レインさん!」
マオにとっては父親の部下にあたる。エヒトが失踪したあとヒジリとマオは顔を合わせたので、ここが実質初対面だ。なんだこれ。
エヒトはヒジリ絶対主義である。主義主張を心からぶつけあい、許され受け入れられた親友とは稀少なものだからな。
なればこそ、罪のない──人間にとっては──マオも、ヒジリが受け入れたのなら受け入れるだろうが。
「あ!! このちびっこ、まだ居やがったのか! レインさんの一の弟子はオレだって言ってるだろ!!」
「あーあー五月蝿いですねぇ小蝿如きが!
我が一族の羽をもぎ地に落とし数百年、人間に寄生しないと生きていけない天の一族!
地に足をつけて力をつけた魔族にとって天使族など恐るるに足らないんですよ!!」
「はーーん言うじゃねーか魔族のガキが!
今度は羽どころか四肢も捥いでやろうか!?
数百年前のことをネチネチネチネチとそもそもお前ら覇権戦争で負けたから地を這うハメになったんだろーが何が小蝿だ地虫ヤロー!」
「地虫ですって!? 貴様、我等を愚弄しますか!」
この有様である。
マオは魔王の息子であり魔王見習い。見た目も真紅のツノに血のような赤い瞳、闇夜を擁する黒い髪。作り物めいた真っ白な肌──つまり、魔族を代表とする子供。
反面ヒジリは選定の剣に選ばれた勇者。輝く白金の髪に青い瞳、美しく整った見目。白金と青を背負う事ができるのは神に認められたもののみ──つまり天使族を代表とする子供だ。
この二人の間には、種族間の溝が大きく横たわっている。あと普通に仲がクソ悪い。
「つーか、知られてる神話と違うんだが」
「まぁ……事実は隠蔽されるものですので……」
「エヒトくん」
「まさか貴方が、魔王見習いを育てていたとは……それもあのような幼子が、父殺しを成したと……聞いた時は驚きました」
地虫だ小蝿だと言い合う二人を放置し、近寄ってきたエヒトくんと共に廊下の壁へ寄りかかる。開いた窓から中庭の陽気が伝わってきた。
「良いのか? 参加してこなくて」
俺の知るエヒトはヒジリにいつも嫌味ばかりで、だが過保護なほど守ろうとする傾向があった。エヒトの方が早熟だったからだろうが、ヒジリのことを馬鹿にしながら影で守る姿は涙ぐましいものだ。
「あの二人の間に挟まっても……怪我しそうで」
「まぁそれはそうだな」
口論は激化して魔力のぶつけ合いが始まる。いつものことだ。こいつらは常に何らかの理由で嫌いあって争い合っている。単純に仲が悪いんだ。
「貴方こそ」
「ん?」
「貴方が原因らしいですが」
そうなのか?
「あいつらいっつも喧嘩してるからな、原因が何とかもう気にしてねーんじゃねーの」
「その根本が…………いや、良いです」
「?」
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