チュートリアル!

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マオ、十二歳。大人でも子供でもない微妙な年齢であり。 「レインさん、僕魔王になりました! 王様です、王様って立派な称号なんですよね?」 「あ、あーーうんそうだな。立派だな」 「僕立派になりましたよね?」 「どうかなぁ……」 たぶん、次の魔王である。 サラサラの黒髪をそのままに、血のように赤い目をしたマオがぎゅうっと腰元に抱きついてこちらを見上げてくる。魔王城内、謁見の間。玉座をチラッと見れば魔王はボッコボコにされて伸びていた。 もちろん可愛い。会えない間もずっと想っていたし、今日なんてもういないのに誕生日ケーキなんて買ってしまった。世界で一番可愛い子供だし、息子のようにも思っている。 ただ。ただなぁ〜〜 「マオ。その手についてるのは? ラズベリーソースかな?」 「父さんの血です!」 「そっか…………魔王、生きてる?」 「うーん、多分? あっ、レインさんが倒したっていう証拠、要りますよね! 首落としてきますね!」 「魔王について俺は知らんが多分首落としたら死ぬよな!?!? マオに親殺しとかさせられるか!! 待て!!」 倫理観がいつの間にかゼロになっている。いや元々なってたのか? もうわからん。俺はマオを理解していると思っていたけれど理解できてなかったのかもしれない。 何度でも言うが謁見の間だ。極力魔物を避けていたので周囲にゴーレムなんかもうろついている。それでもこちらに入ってこないのは今代魔王への配慮ゆえか。 そんな配慮いらねぇ〜〜から早く入ってきて誰かこのアホをしばき倒してほしい。俺は既にやった。 「オラ!!」 「ぶへっ」 ごんっとゲンコツを浴びせる。素直に食らったマオは素直に頭を押さえる。耐久値は変わっていないようで何よりだ。 「マオお前、いつの間にそんな倫理観なくなったんだ!! 俺との数年間を思い出せ!!」 「レインさんが八年と十一ヶ月僕を世話しておいて急に追放したんでしょ!?!?」 「八年は割と急じゃないだろ!!」 それと世間に蔓延る追放の理由に比べたらよほど真っ当だったと思う。しかも一月前。確かに今日は誕生日だったしそれは惜しいと思うが、前々から結構戦争が激化することは言っていたはずだ。 「レインさんの嘘つきっ! 僕が立派になったらパーティに入れてくれるって言ったじゃないですか!」 怒られて腹が立ったらしく、マオがポカポカと腹の辺りを殴ってくる。別にそれは、そこまではいいんだが、次期魔王の拳である、加減されてるのだろうがかなり痛い。 「ごふっこらっやめっオイっお前逆ギレするように育ててはないはずだぞ!!」 「やだやだやだ! 僕をパーティに入れてください! 入れてくれないと世界征服しますよ!?」 さらっと恐ろしいことを言いやがる。 何が楽しくてこんなおっさんのパーティなんか入りたいんだこいつは。おっさんとはいえまだ三十手前くらいだけれど。いやまだおっさんとかではないんだけれど。 そもそもパーティつってるけど一人だからな! 「だ、だめだ!!」 「どうして!」 目にうるうると涙を溜めたマオが俺に縋り付く。どうしてって言われても、マオはこんなおっさんのパーティにいるような器じゃないからなのだが。 「それを言ったら怒るのは確実……ッ!」 「なんですか!?」 「なんでもねー!!」 マオはどうしてか俺のことを高く買ってくれている。しかし折角の力だ、世のため仲間のため使ってほしいし、幸せになってほしい。その時俺なんかのパーティにいる事実はきっと足枷になる。 (まだ十二歳、まだ勘違いだ。俺に育てられたから離れたくなくてぐずってるだけ……大人になったら黒歴史にな……るのは嫌だし、笑い話にはなるだろう) 俺はマオを撫でて、耳をぎゅうっと引っ張った。 「いっ、いだだだっ!!」 「まず、マオ! お前はまだ立派になっていない!」 「魔王なのにっ!?」 その通りである。魔王にまでなって立派でないとはこれいかに。かなり厳しいがしかし、俺は口八丁のレインと呼ばれてかなり嫌われている部類なのだ。口でガキに負けるわけがない。 「そうだ! まず魔王とは、その名の通り王──皆に認められ、愛され、心の底から信奉されるものでなければならない! そのためには滅私奉公、国全てに自分を捧げる覚悟がいる!」 「そ、そんな……!!」 もっともらしくずびしっといってやればマオはかなり単純なので信じ込む。そんなにも覚悟がいるのかと慄く。その隙を逃さず、間髪入れずにそうだと断言した。 「さらにマオ、お前はまだ政治のこともわからんだろ! 信頼できる家臣もいない、たった一人で魔王なんて出来ねーんだよ! そんで信頼されるには信頼するしかない、信頼するにはもっと大人になるしかない!」 「お、おとな」 「そう。俺は一応大人だが、お前は俺に追いつけたと思うのか?」 マオの力が弱まって、体が解放される。しょんぼりと俯いてしまったマオの頭をよしよしと撫でてやった。マオは俺のことを異様に神聖視しているので、こう言えば必ず首を振るということはわかっている。 「お前はまだ次期魔王。力は強くても、そういういろんなところが足りねぇ……わかるな?」 「……はい……」 魔王の心得とかなんも知らんが、まぁ取り敢えず言いくるめればいいだろう。 「だから勉強しろ。学校行って、可愛い子なんか見つけて、恋をするってのも人生の勉強だな。お前はまだ幼い、だから──」 「だったら!」 「あ?」 がしっ、と手首が掴まれる。赤い目が何やら見つけたようにキラキラと輝いていた。これは絶対に譲れない何かを見つけたマオの目だ──嫌な予感がする。 「だったら! レインさんが僕を教育してください!」 「えっ」 「そうだ、そうすればいいんだ! レインさんが、僕を一人前になるまで教育してくださいよ!」 「ま、待て待て待てそんな」 嫌だ──と口が動く寸前に止める。マオがものすごく冷たい目をしたからだ。まずい、人類が滅ぶ。 「断りませんよね? だって僕、レインさん好みになってあげる、って言ってるんですから」 言葉の裏なんてない。ないはずだ。四歳の可愛いマオくんにはそんなものなかった。なのにどうしてだろうな、断ったら世界が滅亡するという確固たる意志が見えるのは。 「……あー……その……」 未来の俺へ。 ここで断れるやつは、多分人類が心底嫌いなやつだと思うし、俺は人類が好きなのでこんなところまで乗り込んできたわけで。 「……そのぉ……」 まぁつまり、何が言いたいかというと。 「…………わかっ……た…………」 すまん。許してくれ。あと頑張れ。
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