道閉じの儀式

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あたしは、その男と右手に深い谷川がある坂道を歩いていた。 「いやー、お世話になった親戚が、君らの電話番号を知ってて……携帯のバッテーリー切れる寸前に連絡取れて、本当に助かった! どう考えても、同じ坂道から、延々と出られないのって、変だったから」 「あのー。ここで何をしてたんですか?」 「え? い、いや、秋だし、普通にハイキングだよ」 「ひとりで?」 「あ……ああ……」 「ほんとに?」 「何言ってるんだよ!」 「状況わかってますかぁ? あんた、呪われた空間に閉じ込められてんだよ? あたしも、ここに入ってくるの大変だったんだからね! 正直に言ってくれないと、出られないんだけど!」 「……彼女と一緒に来たんだ……」 「なるほど。それが、あんたの頭の上にいる人か……」 「え?」 「彼女から何か渡されなかった?」 男は、ごそごそと、ポケットを探り、それを出した。 「……これか?」 あたしは、その男が手にもったそれを見た。巾着袋に何か入っている。 「開けてみて」 男が、細かく折りたたまれた紙を開くと、複雑な文字や図形がかかれていた…… 「な、なんだよ! これ!」 「彼女さん……よく『道閉じの儀式』なんて、知ってたね」 「道閉じの儀式?」 「特定の相手を空間に閉じ込める呪符だよ、それ。……自分の魂を差し出してさ……」 「魂?」 「そう。それで、完成する。ひょっとして、彼女さんをここに誘い出して…………殺した……?」 「………どうしても別れないって言うから、くそお!」 男は、呪符を谷に投げ捨てようとした。   「あ!」 あたしが、軽く叫んだとき、男の手から「ジュー」という肉が焼けるような音がした。 「うあっ!」 男が、顔を歪める。 呪符は、男の手に吸い付いて消えた。 「はあ!…………呪符を捨てようとした時の処置までしてあるなんて、彼女さん、気合入ってるわー」 男は、泣きそうな顔で言った。 「はぁ? なんとかしてくれ!」  「あ?……なんで……?」 「なんでって! こいつには、もう、うんざりしてたんだよ! こいつと別れて、カナコと結婚するんだよ。なんで、こんな所で!」 「…………あたしが、ガキだった頃なら、単純に、あんたがクズで、彼女さんも、バカだって思えたけど ……恋愛って、そういうもんじゃないよね……」 「そんなこと、どうでもいいから、何とかしてくれよ!」 「呪符が体内に入ってしまう前に、段階を踏んで解除していけば、ま、何とかなったんだけど……もう、彼女さんが、あんたへの執着をやめない限り、この呪いは解けないね……」 「そんな!」 「あんたが殺した彼女さんの名前は?」 「……ミヤコだ……」 「ミヤコさんに、心から謝ったら? あんたの事を愛してるって……  永遠に一緒だって言ってくれたからって……言ってるけど? お互いを大切に思いあう時間もあったんでしょう?」 「……ミヤ……僕が悪かった……本当に悪かった! 許してくれ。僕は、一生をかけて、ちゃんと償いをする!」 ざわざわと、異様な音が続いて聞こえた。 全然、納得してない感じだ。そりゃそうだよな。 「ちょっと、離れててくんない?」 「は?」  「ちょっと彼女さんと二人で話したいことがあるの! ねえ、ミヤコさん! 二人っきりで話したいことがあるんだけどいい?」 また、ざわざわという音が、空間から聞こえてきた。 「ほら、あっち行って! あっち!」 男は怪訝そうな顔をして、離れていった。あたしは、彼女に話しかけた。 「ねえ、ミヤコさん…… (こじ)れたまんまさ、こいつと閉じた世界でぐるぐるするよりも、成仏した方がさ、新しい道を歩める気がするんだけど…… そうじゃなきゃ……こんなふうにしてみたらどう……?」 彼女の怒ったうなり声が聞こえてきた。 あたしは、しばらく彼女と話したあと、男の所へ戻った。 「説得して来たよ……」 「へ?」 「だーかーら! 説得してきたんだよ。説得するの超大変だったんだからね! こんなクズと一緒にいるより成仏した方がいいよ! って、ミヤコさんを必死に説得した! そしたら、あんたを、解放してくれるって! これでいいんでしょ?」 「も、もちろんだよ……ありがとう……」 男は、ため息をついて、背中を丸めた。 「どういたしまして……さて……」 私は、携帯電話を取り出した。 「え?」 「ん? 警察に通報しないと……」 「警察?」 「……当たり前でしょうが!」  男は、顔色を変えた。が、あたしは谷の方を向いて携帯電話の数字を押す。 ああ、背後から砂利を踏みしめる音が聞こえる。 男は、後ろから、あたしを谷に突き落とそうとした。 「おおっと!」 あたしは、さっと男を()けた。男は、そのまま。 「あ、あ、あ、あ、あああああああああぁぁ!」 遠くで、重い水音が聞こえた。 私は、大きくため息をついた。 「賭けは、あなたの勝ちなんだけどさ。本当に……これで良かったの? ミヤコさん…………」 ざわざわした音のあと、彼女が、満足気に笑う声が遠ざかっていった。 あたしは、しばらく鳥の鳴き声を聞きながら、気持ちを静めていた。また、大きなため息が出た。 「まあ、いいや……愛の形は人それぞれだもんね……あ、そういえば! この近所に、温泉あったよな……たっのしみー!」 あたしは、無理やり元気な声を出して、歩き出した。
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