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コレックの話が終わり、会場が動き出す。
入団希望者たちはまず筆記試験を行うため、会場内に用意された席に各自、番号順に座らされ、同時に試験を始めていた。
闘技場のような会場で、屈強な男たちが並んで座る絵面はなんともおかしなものだったが、その場の空気のせいか誰も笑ったりはしなかった。
「レイス……大丈夫かな……」
アイレインが心配そうに呟くと、仲間たちは口々に言った。
レイスはああ見てもかなり勉強家らしく、物知りで頭も良いらしい。
普段の彼女のイメージからは想像できないが、どうやら彼ら彼女らの話によると、レイスは文武両道を絵に描いたような人間のようだった。
その話を聞き、普段のあっけらかんとして感情で動くレイスが陰で努力するタイプだと知ったアイレインは、改めてレイスのことを尊敬するのだった。
それからも次々と試験が行われていった。
きちんと騎士道精神を持っているか試す試験官による問答や、馬術、剣術、指導者としての統率力を知るためのテストなどだ。
そして、ついに最終試験の内容が発表される。
「それでは次が最後になる。これから二人一組になってその相手と闘え。どちらかが降参するか、または戦闘不能になった時点で試合終了だ。なお、これは勝敗を見るための試験ではないということだけ言っておこう」
入団希望者らは戸惑うことなく、すぐ傍にいる者を試合の相手として選んでいく。
そんな中をレイスは早足で歩き始め、ある人物の前で足を止めた。
「さあ、ガストル。約束した通り、こないだの決着をつけましょう!」
彼女が声をかけた相手は、もちろん金髪碧眼の青年ガストル·ヴァルサミコフだ。
ガストルは顔こそ整っているが、レイスを見て口元を歪ませたせいか、物語の悪役のように見えた。
「どうやら逃げる言い訳が見つからなかったようだな、レイス。今日こそお前を公衆の面前で叩きのめし、お前が弱き女だということを教えてやる!」
二人が対峙する側では、次々と試合が始まっていた。
試験官が審判を行いながら、入団希望者たちによる激しい闘いが繰り広げられていく。
武器の規定は特になかったが、槍や斧、戦鎚ではなく誰もが剣を選び、それを振るっている。
「ヴァルサミコフ家のガストル·ヴァルサミコフ! そして、ディストリート流の見習い剣士レイス! 両者、前へ出よ!」
試験官に呼ばれ、二人は試験会場の中心へと歩を進めた。
それから互いに向き合いながら剣を抜き、合図がされ次第闘うように言われる。
ついに始まるとアイレインは身を震わせながら、ガストルのことを見ていた。
彼女が気になっているのは、ガストルの使用する剣だ。
そして、当然握っているのはミスリルソード。
ヒビが入っていたが、完全に修復している。
「レイス……負けないで……」
アイレインは、両手の五指を交互に組みながら両目を瞑り、ただ祈った。
それは神にではなく、レイスに向かってかけられた彼女の願いだった。
「始めぇぇぇッ!」
試験官の合図により、試合が始まる。
レイスもガストルも開始と同時に踏み込み、激しい鍔迫り合いから試合がスタートした。
剣を重ねながら睨み合う二人。
するとガストルが、鼻を鳴らしてからその口を開く。
「女のお前が闘う必要などない。貴族の地位を返上し、もはや家名もないというのに、一体なんのために闘う?」
「あたしはあたしのために闘う。女だからとか家がどうとかは関係ない」
互いに二、三、四と凄まじい速度で打ち合い、再び鍔迫り合う。
「お前は昔からそうだ! 俺に泣かされていた頃からずっと、ずっとそんなことを言い続けている! もう子どもではないのだぞ!? お前はディストリート家など行かずに、ヴァルサミコフ家へ来ればよかったのだ!」
「あたしにはやりたいことがある! お父さまとお母さまが亡くなったときに、真っ先に声をかけてくれたことは嬉しかったけど」
鍔迫り合いの状態からレイスがさらに踏み込む。
まさかこの状態で距離を詰めてくると思わなかったガストルは、仰け反って態勢を崩してしまった。
「あなたに与えられるだけの生き方を、あたしは望んではいないわ!」
態勢を崩したガストルに、レイスがクレイモアを振り落とす。
その一撃は、ミスリルソードの刃を叩き折った。
それを見た試験官は、これ以上試合の続行は不可能だと判断し、レイスの勝利を宣言した。
なぜ強度で勝るミスリルソードが、レイスの剣によって叩き折られたのか?
それは、アイレインが試行錯誤した結果だった。
その試行錯誤とは、硬さの違う鋼を組み合わせ、刃の構造を作る方法――造込みと呼ばれる作業である。
比較的やわらかい心鉄を包むように、硬い鋼である皮鉄を巻き付けて熱しつける。
これにより外側は硬く、内側はやわらかい鋼の構造に仕上がる“よく切れるが、折れにくい”という一見相反する性質を持たせることが可能になる。
造込みの中でも、上記のように心鉄の周囲に皮鉄を包み込んで作り上げる方法を甲伏せと呼び、アイレインが生まれた東の国の鍛冶職人の間では一般的な手法だった。
この造込みは数種類あり、先に述べた甲伏せ以外にも本三枚という刃鉄と呼ばれる鋼の上に心鉄を乗せ、その両側から皮鉄を挟みこむという三種類の鋼を用いるやり方――さらにこの本三枚の構造から、心鉄と皮鉄の上に棟鉄と呼ばれる鋼を乗せた四種類の鋼を使う四方詰めと呼ばれる方法などがある。
アイレインは以前から興味のあった故郷の剣からアイデアを湧かせ、それを祖父ソドの技術に落とし込んでみせた。
これが強度で勝るミスリル製の剣を叩き折った理由だった。
性質の違う鋼を組み合わせるという方法を思いついたのは、ソドが彼女とレイスを例えて話をしてくれたおかげといえる。
「レイス……やった……やったやったッ!」
観客席から仲間たちと共に歓喜の声をあげるアイレイン。
レイスはそんな彼女たちに向って手を振ると、去り際にガストルへ声をかけた。
「あたしが剣の道を目指したのは、強いあなたに憧れていたから……」
自分の名をつけた剣――レイス·クレイモアを布で覆い、レイスは歩き出す。
「あたしはまだまだ強くなる。そして、それはあなたも同じ……。そうでしょ、ガストル」
「くッ!? くうぅぅぅッ!」
ガストルは呻くことしかできず、レイスに応えることなく、その場で屈しているだけだった。
レイスは試験官と話を終えると、柵をよじ登って観客席へと入ってくる。
仲間たちに賞賛され、それに応えながら彼女は、アイレインに声をかけた。
「勝ったよ、アイレイン! あなたの作った剣とあたしの力で!」
レイスの赤い瞳――真っ直ぐな眼差しを見つめ返したアイレインは、目頭が熱くなっていた。
なぜだろう?
嬉しいはずなのに涙が止まらない。
凄かったねと褒めたいのに、声が詰まって話せない。
笑顔で応えたいのに喋れず、言葉にならない言葉しか吐けない。
「あぅ……あ、あ……レイス……レイス……わたしは……」
「うんうん。わかってる、わかってるよ、アイレイン。だから、これからもずっとあたしのための剣を作り続けてね」
レイスは、涙の止まらないアイレインを抱きしめると、その背中を優しく擦った。
称賛するレイスと仲間に囲まれながら、アイレインは「もちろん」となんとか言葉にして返すのだった。
〈了〉
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