episode 1帰り道

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… 銃声はまだ遠い。 辺りは草原が広がっていて、木々の葉っぱが擦れ合い、カサカサと音を立てている。空は赤紫色をしていて不気味だ。 ヘヨンは血濡れた手を水筒の水で洗い流している。濡れた手を拭き取る布切れもなく、彼は座り込んでいる足元の草花を鷲掴みした。草花たちの隙間に何か落ちている。それを拾い上げると、軍服から剥げてしまった国旗の刺繍であった。 しばらく茫然とそれを見ているうちに、銃声がちかくで聞こえた。草原にいた鳥たちが一斉に飛び立ち、ヘヨンは怖くなって匍匐前進しながら大樹の裏側に隠れた。 四つん這いになって大樹の後ろから、草原の方を覗き込もうとした時だった。 後頭部に何かが当たった。 その感触だけでヘヨンには何かわかった。体の下に見える自分の影に、誰かの影が覆いかぶさっている。その影の形を見れば、ヘヨンは息を呑んだ。そして、両手をゆっくりと耳の横にあげた。 「…………うちの軍だ」 だが、背後にいる影はそう言った。どうやら耳の横にあげた彼の手の中にある国旗の刺繍を見たらしい。恐る恐る振り向くと、そこには黒髪で背がすらっと高い青年が立っていた。使い慣れているように拳銃を胸の前でさげた。 「知らない顔だ」 青年はヘヨンの顔を見るなり、そう言った。 「僕はあなたを知ってる」 ヘヨンがそう返すと、青年は「そうか」と返したきり 前の方に目線を向けた。
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