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大切なことは胸にだけ
「マギー、暑いよ」
真夏の夜。怜は目を細めながら、膝に乗ってきた愛猫に文句を言う。
里久夫妻と新店舗を開店して、そろそろ2か月が過ぎようとしている。夏休みシーズンに間に合わせるため人生でいちばんと思える忙しさを経験して、情けなくちょっと老けた気がしていた。
その努力のせいか、店はなかなかの盛況だ。マギーも一緒に出勤し、看板猫として早速人気になっていた。
遅い晩酌のために用意した冷酒、ピクルス。マギーが興味深々でテーブルに手を伸ばす。怜はクリームパンのような手先を包み込んでから、ピクルスを鼻に近づけた。マギーは一瞬で耳をイカにし、顔を背ける。その様子が可愛くて鼻に何度もキスしてしまう。
先日都内から届いた、居間に置いたきりになっていた雑誌を、気まぐれにパラパラめくってみる。
何度も読まれた後を感じる、よれよれの数ページ。
──ああ……。
『次世代の匠』という特集記事にはまだ仁吉の元へ正式に弟子入りした頃の、若き日の怜の姿。この頃からツナギを着ていて、頭に白いタオル。
思い出される、苦労の日々。
「なんで、なんでこんなの見て、俺のこと……お前、ほんっとうに変なやつ」
「そんなことない」。声が聞こえたような気がした。
「ずっと怜さんが憧れ」という言葉は、嘘でもなければ誇張でもない。本当に、本当に「ずっと」だったと知る。
「お前の分まで生きるからさ、今度会ったら、舜、ちゃんと言ってくれよ」
大きな独り言に、マギーは膝を降りて一度だけ鳴いた。
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