ベッドサイドで

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ベッドサイドで

「おはよ、怜さん」 「あれ、俺、どうした?」 「こんなことじゃないかと思って、コーヒー持ってきた」  舜が手に持ったステンレスボトルからコーヒーを注ぐ。  時間は7時を回ったところ。雨雲の抜けた空は薄く陽が射し、工房はもう明るい。  明け方に作業を終え、怜ひとりで少し休もうと座ってからの記憶がない。 「おばさんは?」 「里久さんとはそこで別れた」  壁際の作り付けのベンチで横になっていた怜が起き上がり、舜はぴったりと横に座る。裾を捲った細身のジョガーを履く脚が組まれ、露わになる白いくるぶし。 「(すだれ)って風が強いとガタガタぶつかって、ビビる」 「怖かった?」  舜が家から持ってきたタンブラーを持ち首を振るが、思い出して怯えたような目で怜を見た。  ──可愛いことよ。  そんな目で見られたら、という言葉を飲み込み、怜は握り拳を突き出した。 「舜、はい」 「なに?」 「どうぞ」  舜の出した掌に、華奢な、翼のついたプラチナのリングが(こぼ)れた。 「それ着けて、帰ろ」  ベッドサイドで舜がマッチを擦ると、花の香りが部屋を満たしていく。みずみずしさのあるこの香りが、大吟醸を思わせる、舜の愛用品だ。  アロマキャンドルは怜が製作したホルダーに包まれ、中心を貫く芯を揺らめきながら燃やす。  怜はそれを満足げに眺めうとうとしている。朝までの作業が身体に堪えた。 「このリング、内側に小さな石が入ってるんだよね。なんていう石?」 「クリノクロア」 「知らないや」 「俺も初めて使ったもん」  充電器からスマホを持ち上げた舜の顔が、閉め切った部屋で明るく照らされている。気づくと鼻歌を歌っているが、声は小さく、以前聴いたような迫力ある歌声はもう出せないのかもしれなかった。 「……セラフィナイトともいわれ、意味は」 「天使」  怜はスマホを取り上げ、ふたりベッドに倒れ込む。 「ありがとう」  舜の長い脚が巻きつき、引き寄せられた。 「舜、俺も連れてけよ」 「え? どこへ?」 「お前ずるいよ。なんでひとりで行っちゃうの?」  疲れ切った怜はぼんやりして、どうしようもないことを言ってしまうのを止められない。解っていても、感情は別だ。 「怜さん……ごめん、できない」  舜の声が遠くなる。抱き合っているのに、もう睡魔に取り込まれ抗えない。 「たまに……俺のおねが……いいじゃん……」  背中に回した腕の力が入らない。あの時のように、舜をこのまま夢の中へ道連れにしたい。 「そんな、俺だって。でもダメなんだ。怜さんはまだ、もっと幸せを知らなきゃいけないから。ごめん」  舜は怜が寝息を立ててもそのまま話し続けた。 「実家にあった雑誌(ほん)で見てさ。うちは蔵だったから、酒器にも見識があるんだ。俺は鎌倉の職人さんに憧れて。飄々としてて、眩しかったんだ、俺、右も左も分からない駆け出しだったから。俺が会いたくて、来たいって言ったんだ。あのひとがここを知ってたのは偶然」  誰も知らない、舜の告白。 「憧れてたひとと毎日を過ごせて、俺、めっちゃくちゃ幸せ」  怜の耳には届いていなかった。
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