シックスセンス

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 幽霊が見えるようになった。  とある夏の終わり、僕は病室で友人の由衣(ゆい)からのそんな話を聞いた。 「学校の前の交差点で事故があったのを覚えてる?」 「うん」と僕は頷いて、彼女と話しやすいようにベッドから身体を起こした。「確か、君のクラスの男の子がその事故で亡くなったんでしょ?」  まさか、と思わず僕が零すと、彼女は「そう、その通り」と素早く頷いた。 「その幽霊のこと、私はてっきり、ただ肌が白いだけの普通の男の子だと思っていたの。だって、学校の制服を着たまま校門の前に立っていたんだもの。あれを幽霊だと思う方が難しいよ」  そう言いながら由衣はベッドのすぐ横にあった椅子から立ち上がり、今度は僕が長座しているベッドに座った。彼女の体重がかかると真っ白だったベッドはカエルのような音を立ててきしみ、シーツに少しばかりのしわを作った。もしかしたら、彼女が見たというその少年もこのベッドくらい肌が白かったのかもしれない。 「どうも、幽霊っていうのは死んだ身体のまま過ごしているわけじゃないみたい。だって、彼には血の一滴も付いていなかったから」 「それならどうして、その子が幽霊だとわかったの?」 「簡単だよ」と彼女は人差し指を立てて言った。「その子から直接聞いたからね」  それを聞いて、僕は少しばかり彼女の正気を疑った。 「まさか、『あなたは死んでいるんですか?』とでも訊いたのかい?」 「違うよ。私はあくまでも、彼を普通に生きている人だと思って話しかけたの。そうしたら、彼はこう言ったの。『僕のことが見えているんですか?』ってね」 「お決まりのセリフだね」と僕は言った。「でも、それで信じたわけじゃないでしょ?」 「もちろん。けど、詳しく事情を聞いているうちに、彼が幽霊だっていうことが何となく信憑性を帯びてきたの」  そこまで話すと、由衣は真っ白な指先をこちらに向けてきた。とても血が通っているように思えないほど真っ白な指先は、それこそまるで幽霊のようだ。 「だからね、廉人(れんと)くん。私が言いたいことはさ」と由衣は言った。「案外、幽霊ってのは見た目じゃわかんないもんなんだよ」 「肝に銘じておくよ」  僕は半ば強引に彼女の忠告に頷いた。 「それじゃあ、私はこれで」  そう言うと由衣はベッドから立ち上がり、軽やかな足取りで病室の扉の前までかけて言った。 「もう行くの?」  扉の取っ手に手をかける前にこちらを振り向いた由衣に僕は問いかける。すると彼女は「うん」とだけ頷いて、スライド式の扉をゆっくりと開けた。 「またね。今度は学校で会おうね」  それが由衣が僕に残していった別れの言葉だった。  彼女の言葉に言霊でも宿っていたのか、僕がこの病院を退院することが決まったのはそのすぐ後のことだった。  退院当日、柄のない紺色のパジャマを着たまま僕は病室を後にする。迎えに来てくれた両親が駐車場で待っている。急いで病室の扉を跨ぎ、スライド式の扉が自重で閉まる前に僕は病院の廊下を駆け出した。  両親の車に乗り込むその瞬間まで、僕はどうして自分がこの病室にいたのか思い出せなかった。
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