シックスセンス

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 由衣が幽霊を見つけたと僕に言ってくるまでは、特に不思議なことも起こらずに当たり障りのない一日が続いた。  朝、由衣と学校に登校して、教室の中で彼女と話す。そしてしばらくすれば、彼女は僕とは別のクラスだから、教室を出て廊下の中に消えていく。そうすれば、僕はもう帰り道に差し掛かるまで学校では一言も話すことはない。  学校に由衣以外の友人は一人もいなかった。  友人を作る努力をしなかったわけではない。けれども、僕は友人を作れるほど面白い人間ではなかった。人と話してもつまらないことしか言えないし、人に話しかけられても見当違いの返事しかできない。人との関わりの中で、僕はぎこちない愛想笑いだけが取り柄だった。  こんな人間に人が集まる方が不思議なくらいだ。  そして、今はもう、彼女以外に話しかけても、彼らはまるで僕がいないかのような態度を取る。だから僕は学校に来るたび、自分が透明人間になったのではないかと思ってしまうほどだ。  そんなことを思いながら、僕はその日も一人きりで教室の隅の席に座っていた。授業が始まれば、机にノートを広げてペンを握りながら、授業を聞いているふりをしてノートに落書きをした。休み時間になれば、持て余した時間を消費するために、あるいは楽し気な教室の雰囲気から逃げ出すために、ぼんやりとした顔で窓の外を眺めた。  机にもたれて首を捻ると、視界に飛び込んでくるのは晩夏の空だった。天井のない空は未だに夏の余韻で真っ青に光っていて、僕は不思議と切ない気分になる。もしかしたら、自分はこの空の中に何か大きな忘れ物をしてきたのではないだろうか、そんな錯覚が僕の頭の中に過った。  夏という季節は、僕にとっては抱擁の季節だった。何もかもを捨ててまっさらになった僕を夏は暖かい両腕で受け止めてくれるような、そんな季節のように僕には思えていた。  だからこそ、僕はこう思うのだ。  どうせ家族に愛されないのなら。どうせクラスメイトから相手にされないのなら。どうせ居てもいなくても気づかれないような透明人間なら。いっそ何もかもを捨てて、ここから逃げ出してしまえばいいのに。  けれども、僕はいつまで経ってもそれができない。きっと、そうして浪費していく夏そのもののが、僕の忘れ物なのだろう。  抱えている未練と、透明人間な自分。その二つを試しに隣り合わせに並べてみると、僕はまるで成仏できていない幽霊のようだった。  そう思ったところで、僕は思い出す。由衣が言っていたあの言葉を。 「案外、幽霊ってのは見た目じゃわかんないもんなんだよ」  僕は生まれたての人間でもそうしないくらい、舐めまわすように自分の身体を見た。その身体は多少肌が白いくらいで、普通の人間とは大差がない。  だが、よくよく考えてみると、どうだろうか。  僕は目が覚めた時にはあの病室にいて、どうして自分があの病室にいたのかわからない。  それはもしかすれば、自分が病室で死んだことを忘れているからではないのだろうか。  だから、幽霊が見えるという由衣には僕の身体は見えているが、他の人間には自分の姿は見えていない。そう考えると、他のクラスメイトの態度には納得がいくような気がした。  なるほど、と僕は覚悟を決める。  どうやら、僕は彼女に別れの言葉を用意しておく必要があるらしい。
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