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「衿ちゃん、もし彼氏とか出来たら、私と一緒に登校しなくていいからね」
それは春香の心からの言葉だった。姉の大切に思う人との時間を大切にしてほしかったから。
「嫌よ、そんなの」
「……えっ?」
返ってきたのは想定外の言葉だった。
「何で彼氏が出来たからって春ちゃんと登校しないの? 意味がわからないんだけど」
「だ、だって彼と二人になりたいって思わないの?」
「それは春ちゃんの方でしょ? きっと彼氏が出来たら、私じゃなくて彼氏を選ぶに違いないわ!」
「そ、そんなことないもん! 私は何があっても衿ちゃんと登校するから!」
電車の扉が開き、二人は中へと入っていく。奥の扉の前に立つと、顔を見合わせて吹き出した。
「衿ちゃん、彼氏いる?」
「……いるわけないじゃない」
なんて微妙な間。顔は引きつっているし、衿ちゃんは本当にウソをつくのが下手なんだから。どうやらバラの好みと一緒で、人には気付かれたくないらしい。でもこんな衿ちゃんを初めて見たから、すごく新鮮だった。
「私が卒業するまで一緒に登校するんだから。わかった?」
姉からの言葉が嬉しくて春香は満面の笑みを浮かべる。
その時にふと頭に温室にあった多肉植物の棚を思い出す。あの時はプレートにばかり目がいってしまったけど、あそこまで増やすには相当な時間がかかったはずーーつまり二人の仲は随分前に始まっていたのだろう。
「もう仕方ないなぁ。衿ちゃんと毎日登校してあげる」
校門までの道は私との時間。だけどその先の衿ちゃんの秘密の時間。
「私だったら、好きって大きな声で言いたいのになぁ」
「ん? 何のこと?」
「何でもなーい」
きっと正門はそれぞれの想い、そして始まりと終わりが交差する場所。だからそこから先のことは、知らないふりをしてあげる。
いつか私の恋も、あの道の先で誰かと交わる日が来るのだろうかーーその日が訪れることを願うばかりだった。
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