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#2
「はぁ、はぁ、はぁ。ど、どこに行った」
サチエの目は血走ったいた。
辺りを見たが、すでにお魚をくわけたどら猫の姿は見えなかった。
と、思った時、自分の家の生垣の間から、通りを悠々と歩く、お魚を食えたどら猫の姿を見つけた。
「こやつぅ!ぬけぬけとぉ!」
サチエは、生垣にしているマンサクの木の下部に、ちょうど猫が出入りできるほどの穴が空いていのを見つけた。
(ここから忍び込んだに違いないない!)
サチエはその穴の前に這いつくばり、何を思ったが、頭を突っ込んだ。
尋常ではない。
確かにサチエの頭は小さい方だっだが、猫よりは明らかに大きい。例え頭が入ったとしても、体は絶対に無理。特に、見事なお尻は。
冷静な時なら思い止まったかもしれないが、サチエのドーパミンはその時、大量に放出し、我を忘れていた。
頭に血が上るとはまさにこのこと。こうなってしまったら、誰もがサチエを止めることはできない。
できるとしたら、軍隊か。
「おりゃーっ!人間様を舐めんじゃないわぁ」
その声を、お魚くわえたどら猫が道の反対側から、小馬鹿にしたように、眺めていた。
人間は愚かだよ、と言わんばかりに。
しかし、火事場の馬鹿力というのはあるもので、まず、サチエの頭が生垣の穴を突破した。
歩道を通る人は、生垣から頭だけ出しているサチエに驚き、目を丸くして、恐ろしいものを見てしまったかのように、逃げるように歩いて行った。
バリバリっと音がする。
垣根にしていたマサキの枝が折れる音だ。
建売だから最初からからあった生垣だった。洋風の家とはマッチしていないように見えたが、担当者曰く、ブロック塀だと地震の時、倒れたりして危険であり、修繕の費用もかかる。その点、生垣は地震でも安全で、マサキは手間もかからないと力説した。
さて、生垣から頭を突き出したサチエだ。
なんと片方の肩を穴に入れ、垣根を突破しようともがいているではないか。
よくよく考えれば、玄関から出た方がよほど効率的だ。しかし、サチエはすべからく猪突猛進タイプであり、こうと決めたら周りが完全に見えなくなる。
そして36年。こうなった。
その時、一台の車が走って来る。
運転手は、生垣から頭だけ出してもがくサチエに気づく。
運転手の直田正夫(36)は、思わずブレーキを踏んだ。
運転席の窓を開け、声をかける。
「どうされました、大丈夫ですか」
地面に這いつくばり、髪を振り乱したサチエが正夫を見上げる。その形相はまさに、生垣の貞子だ。
「手、手を貸して!」
サチエが手を伸ばす。
人のいい正夫は、慌てて車から降りると、サチエが伸ばした手を掴んだ。
正夫の辞書にはなかった。
君子危うきに近寄らず。
「早く、ひ、引っ張って!」
「え、いやでも」
「引っ張って!!」
サチエの怒号に気圧され、正夫は繋いだ手に力を込める。
バリバリ バリバリ
マサキの枝が折れる音が辺りに響く。
「もっと強く!」
「は、はいっ」
正夫が力いっぱいサチエの手を引いた時、生垣の枝が折れる物凄い音がして、彼女の体は道路に勢いよく引き出された。そのはずみで、正夫は自分の車にしたたか体をぶつけ、顔を歪める。
「イテテテ」
誰よりも驚いていたのは、その光景を高み見物していた、お魚くわえたどら猫だったことは、言うまでもない。
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