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#3
素早く立ち上がったサチエは、眼光鋭くどら猫を探す。
どら猫はお魚をくわえ、電柱の下からサチエを見ていた。
「いたなっ、ドロボー猫め!」
どら猫は一瞬驚いたように身構えたが、サチエをあざ笑うかのように、通りをまっすぐに脱兎の如く駆け出す。
猫なら、隣家の庭に逃げ込むことも容易なはずなのに。
「あのう・・・」
正夫が腰をさすりながら話しかけてきた。サチエは、キッと男を睨む。その目力と圧に、正夫は身を引く。
「泥棒と言ってましたけど、事件ですか」
「そうよ、大事件よ!見りゃわかるでしょ」
わかるはずがない。
正夫はぼんやりと辺りを見回したが、閑静な住宅地は平穏そのものに見えた。
何を思ったか、サチエはササッと動き、正夫の助手席のドアを開けた。
「え、ええっ!」
「ね、車で犯人を追いかけてくれない?」
「犯人・・・って」
「何してんのよ、逃げちゃうじゃないの!」
サチエの声に、正夫の顔が恐怖に引き攣った。
それはサチエの形相がイッちゃってるだけではない。その手に、包丁が握られていたからだ。
単に料理の途中だったからなのだが、正夫は完全にヤバい人だとビビった。
しかも、足元を見ると、裸足だ。
抵抗しては危険だと察知した。
正夫は、長いものには巻かれることを信条としているのだ。
サチエが包丁を持った手を窓の外に出して叫ぶ。
「なにやっての、早く車出して!」
参ったなぁと言いながらも、正夫は運転席に乗り込んだ。
いい人であることは間違いないが、気が弱すぎる上に、ドMだった。それに、サチエの美貌に惹かれたということもある。
何度も言うが、黙っていれば、サチエはかなりの美人なのだ。
「さぁ、追いかけて!」
「だ、誰をですか」
サチエが包丁を持ったまま、道の先を指した。
「決まってるでしょ、ほら、あそこを走るドロボー猫よ!」
「ええーっ、猫?!」
「私の高級秋刀魚を盗みやがったのよ。とんでもないことだわ。早く車出しなさいよ!」
正夫は参ったなぁと言いながらも、車を出す。
「待ってろよ、このドロボー猫ぉ!」
知らない人が見れば、どう見ても犯人は、サチエだ。
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