6人が本棚に入れています
本棚に追加
#1
「あっ、コラ、ドロボー!」
サチエは大声で叫んだ。
ドロボーと叫んだが、空き巣ではない。
給料日に、高級デパ地下の食品売り場の専業売り場で、大枚をはたいて買った高価な秋刀魚を、どら猫に盗まれたのだ。
秋刀魚は昨今、高級魚になっていた。
給料日の日に奮発して買おうとずいぶん前から決めていたのだ。
そして、秋刀魚に合うような副菜を作っていた時、カタッと音がして振り返ると、秋刀魚をくわけたどら猫が、してやったりという顔で、サチエを見ていたのだ。
思わず叫び声をあげたサチエだったが、どら猫は軽々と身を翻し、空いていた窓から裏庭へ出て行った。
サチエはなりふり構わず裏庭に逃げたドラ猫を追いかけた。
手には、包丁を持ち。
(許せないわ。私がパワハラにもめげず、サービス残業して働いて、やっと手に入れた高級秋刀魚を!)
訂正してしておこう。
サチエはパワハラは受けていない。
むしろパワハラを受けているのは、サチエ以外のすべての社員である。
美園サチエ、36歳。独身。
一流企業と世間では呼ばれる会社に入社してすでに14年が過ぎた。もはや、お局様コンプリートである。
給料はほかのOLより確かに良かった。貯金もある。しかし、男性とつきあったことは、皆無。
見た目は決して悪くはない。いやむしろ、美形だ。しかし、気が強くて、男勝りで、短気。一旦、火がついたら誰にも止められないなかった。
会社では、サチエが上司を怒鳴っている光景は、社員には見慣れた光景のひとつに過ぎなかった。
それでもクビにならないのは、仕事ができたからだ。仕事で彼女に叶う社員はいない。男性ならとっくに課長クラスになっているのに、サチエは未だ主任止まり。
女であることと、性格が災いしていた。
いま住んで建売住宅を買ったのは、家付の女で男を釣れるのではないかという打算だった。
しかし、それはあきらかな誤算だった。
一軒家を持っている女は、逆に男を引かせるだけに過ぎなかった。
最近ではコンパにも誘われなくなったし、仕事とストレスだけは、山のようにたまるばかりだった。
最初のコメントを投稿しよう!