お魚くわえたどら猫を追いかける女

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#1 「あっ、コラ、ドロボー!」  サチエは大声で叫んだ。  ドロボーと叫んだが、空き巣ではない。  給料日に、高級デパ地下の食品売り場の専業売り場で、大枚をはたいて買った高価な秋刀魚を、どら猫に盗まれたのだ。  秋刀魚は昨今、高級魚になっていた。  給料日の日に奮発して買おうとずいぶん前から決めていたのだ。  そして、秋刀魚に合うような副菜を作っていた時、カタッと音がして振り返ると、秋刀魚をくわけたどら猫が、してやったりという顔で、サチエを見ていたのだ。  思わず叫び声をあげたサチエだったが、どら猫は軽々と身を翻し、空いていた窓から裏庭へ出て行った。  サチエはなりふり構わず裏庭に逃げたドラ猫を追いかけた。  手には、包丁を持ち。 (許せないわ。私がパワハラにもめげず、サービス残業して働いて、やっと手に入れた高級秋刀魚を!)  訂正してしておこう。  サチエはパワハラは受けていない。  むしろパワハラを受けているのは、サチエ以外のすべての社員である。  美園サチエ、36歳。独身。  一流企業と世間では呼ばれる会社に入社してすでに14年が過ぎた。もはや、お局様コンプリートである。  給料はほかのOLより確かに良かった。貯金もある。しかし、男性とつきあったことは、皆無。  見た目は決して悪くはない。いやむしろ、美形だ。しかし、気が強くて、男勝りで、短気。一旦、火がついたら誰にも止められないなかった。  会社では、サチエが上司を怒鳴っている光景は、社員には見慣れた光景のひとつに過ぎなかった。  それでもクビにならないのは、仕事ができたからだ。仕事で彼女に叶う社員はいない。男性ならとっくに課長クラスになっているのに、サチエは未だ主任止まり。  女であることと、性格が災いしていた。  いま住んで建売住宅を買ったのは、家付の女で男を釣れるのではないかという打算だった。  しかし、それはあきらかな誤算だった。  一軒家を持っている女は、逆に男を引かせるだけに過ぎなかった。  最近ではコンパにも誘われなくなったし、仕事とストレスだけは、山のようにたまるばかりだった。
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