慣れてないもので

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慣れてないもので

 立花ヒイコは髪型のレパートリーが実に少ない。  たいていの場合、ひとまとめのお団子スタイルをしている。    しかし、なぜだかお団子が決まらない日がある。  この日もそうだった。  ――あ~ん、時間ない日に限って!  ヒイコは若干ヒステリックになり、洗面台下の収納の奥から、ストレートアイロンを乱暴に引っ張り出した。    ――仕方ない。今日は髪の毛下ろしてこ。  ***  昼前にトイレに立ったヒイコは、三つ後輩の山本ちゃんとすれ違った。ちなみに山本ちゃんは明るくて屈託のない女性社員だ。職場のみんなが「ちゃん」付けで呼ぶので、ヒイコも便乗してそう呼んでいる。  お疲れさまです、と言うヒイコに、山本ちゃんは足を止めた。 「立花さん、今日は髪下ろしてるんですね。素敵です!」  ――え…… 「あ……えっと、今日上手く結べなくてさ、それでね、そう、下ろしてきたの……うねっちゃってアレなんだけど……」 「いえ、お似合いです!」  山本ちゃんはにこにこっと笑って、去って行く。  ヒイコ、冷や汗ものである。    立花ヒイコ、何を隠そう、褒められることに慣れていない。  特に容姿を褒められると、焦りまくる。  前に(前というのが二年前だったか、四年前だったか定かでない。確かなのは一年以上は前ということだ)、買ったばかりの洋服を職場に着ていったときのことだ。  同期の美希に「その服、すごくかわいい!」と言われたことがあった。ヒイコは、たっぷり三秒固まったのち、もごもご口を動かした。 「こ、これね、セールで……いつもはこういうの買わないんだけど……うん、安くなってたから……」  そう言い訳を並べるのであった。そして、その後、その服を職場に着ていくことはなかった。    さて、山本ちゃんに不意打ちされたヒイコはロボット歩きでトイレまで辿り着いた。そして、ふ~っと盛大に息を吐いた。  鏡に映る自分……なんとも言えない表情をしていた。  髪の毛はアイロンをした甲斐あってなかなか綺麗にまとまっていた。  素敵かどうかは別にして……  ――あああ!!! どうして私って素直に”ありがとう”って言えないの!?  ヒイコ、心の中で悶絶する。  そう、せっかく褒めてくれたのに、ヒイコは言い訳を探してしまう。要は恥ずかしいのだ。”褒められる”なんて滅多にないことに、ついつい謙遜して否定してしまう。    しかし――本当は”ありがとう”と言いたかった。終わってみれば、いつも後悔が残る。    ――よおし! 次こそは”ありがとう”って言い返すぞ!  と、意気込むヒイコであったが、『次』が来るのはいつになることやら……。  
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