ギャップ萌え

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ギャップ萌え

 京都のスーパーには、初夏を告げるものある――。  立花ヒイコ、スーパーの魚売り場で見慣れないものを見つけた。  真っ白いそれは、少し透明感があって、薄く平たい。  なんだろう、と値札を見ると、「鱧・骨きり」と書かれている。  ――えーっと、なんて読むんだろ。  そんなことを思っていると、横に並んでいるパックにも同じように白い身が並んでいる。これも同じ種類だろう。  ところが、こちらのパックには『頭』が添えられていた。  ――な、なにっ……この恐ろしい顔はっ!?  そう、その顔はあまりに恐ろしく、般若の形相を連想させた。  冷静に見てみると、うなぎ……いや蛇……のような顔なのだが、とにかく歯がするどい。  ――こわ~っ。絶対食べたくないわ。  顔を上げると、旗が立っているではないか。そこには、「夏! ハモ!」と書かれている。  なるほど、(ハモ)だ。  ヒイコ、スーパーに行った夜、母と電話をした。 「鱧って知ってる?」 「ああ、あの凶暴な」 「知ってるんだ、ってか凶暴なんだ?」    さすがは母である。無駄に生きていない。 「そうよ~。頭切られても、噛みついてくるくらい生命力があるのよ。しかも、噛む力が強くて、噛まれたら肉までいっちゃうとか……」  ――鱧、強すぎない? 「へ、へえ。いやさあ、今日スーパーに売ってたから、珍しいなと思って」 「あらあ、京都ならではねえ。こっちじゃ、見かけないもんね」 「ねえ」  ***  ところ変わって、数日後の昼休憩。  ヒイコは珍しく、職場の女子ズたちとランチを共にすることになった。 「どこ行きましょうか?」  会社のビルを出ると、山本ちゃんが背を伸ばし言った。 「せやねえ。あ、竹笛の定食は?」 「いいですねえ!」  京都をよく知る草刈先輩に連れられやって来たのは、会社近くにある「竹笛」という定食屋だった。  京都特有の間口の狭い店は、一階が定食屋で、二階はマッサージ店が入っているようだ。  庶民派の店内は、良い感じに古びていて、おいしい匂いが漂っている。  席に着き、メニューを広げたヒイコは「おっと」と目をこらした。  ”限定メニュー『鱧天定食』”  ――な、なんとっ!! こんなところで鱧と再会するとは…… 「鱧天定食、ええなあ」 「私、鱧天にしようっと」 「ほな、私も」  草刈先輩と山本ちゃんは早々と決めた。その声を聞いてか、店員さんが注文を取りに来る。  ――あっ、え、どうしよ。 「鱧天定食ふたつと……立花さんはどうします?」   ふたりと店員さんに見つめられ、焦ったヒイコは言っていた。 「わ、わたしもそれで!」  こうして、ヒイコの目の前には黄金色に輝く衣をまとった鱧さんが。  ヒイコ、恐る恐る口に運ぶ。  ――……うんまあっ!!! なんて優しいお味なの!?  じゅわっと脂がのった鱧はふわっと柔らかい。サクッと上がった衣と最高のハーモニーを奏でていた。  ――鱧さん、見かけによらず、お上品で優しくてふんわりしてて……。なんなのあなた……。  見かけによらないのは人だけでない、と思うヒイコなのであった。  
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