ARMS?

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ARMS?

 ある夏の夜、ドーン、ドーンと外から地鳴りのような音が聞こえてきた。  ――なに? 雲ひとつなかったのに雷?  立花ヒイコは冷食のパスタを啜りながら、思わず身構えた。  ドドド……ドンっ!    ――こ、これはっ!  ヒイコは確信した。この音は打ち上げ花火に違いないと。  どこかで花火大会が開催されているようだ。  ヒイコはパスタを口に頬張ったまま、部屋のカーテンを開けて夜空を確認する。  相変わらず音は鳴っているが花火は見当たらない。  ――こっちの方角じゃないのか……  ヒイコの部屋には大きな窓がひとつしかない。そこから見えないとなると、それはもう……  ――よっしゃ、ちょっくら外に出ますか!  部屋着にすっぴんのまま、サンダルをつっかけて部屋を出た。  花火の音が聞こえると何故かお尻が軽くなるヒイコ。これは、立花家あるあるである。ヒイコの父に言わせれば、「人間そんなもんちゃう?」だそうだ。  ちなみにヒイコ父は生粋の埼玉人だが、こんなときは謎に関西弁を使う。  確かにヒイコの実家がある地域では、花火の音が聞こえるとみな無条件に外へと繰り出して花火を拝みたがった。  しかし……ヒイコがアパートから出ると、ひとっこひとりいなかった。  京都人は花火に興味がないのだろうか、ヒイコがそんなことを思っている間にも、花火音は炸裂する。  相当、規模の大きな花火のようだ。終わる前に少しでも見たい……ヒイコはふらふらと上を向いて夜道をさまよった。  それなのに、一向に花火は見えなかった。  まるでストレスの溜まるAMSRのように花火の音は鳴り響くのであった。  ***   「それ、琵琶湖の花火大会ちゃう?」  翌朝、草刈先輩が答えを教えてくれた。 「び、琵琶湖っ? 琵琶湖って滋賀ですよね? 山越えちゃってますよね?」  ヒイコが冗談かよと半信半疑の目を向けても、草刈先輩はどこまでも本気だった。 「昨日は東風やったんちゃうかな?」  ――ひええっ……まさか本当に琵琶湖の花火の音が山を越えた京都で? 「それ、うちも聞こえました。あれは琵琶湖で間違いないですよ。風向きによって、聞こえる年もあるんです」  横から山本ちゃんが加勢してくる。  どうやら、それが答えらしい。 「京都市は大きな花火大会ないですもんね」  山本ちゃんが言うと、草刈先輩も「そう言えば、そやねえ」と同意する。   「あ、全然ちゃうもんやけど、立花さんは五山の送り日知っとる?」  ヒイコは山に巨大な『大』が灯る光景が浮かんだ。 「は、はい。なんとなく……」 「花火のような派手さはないけど、綺麗やしぜひ見てみたら?」  五山の送り日……いかにも京都の夏っぽい。  花火は家から見えずとも、未知なる京の風物詩に胸躍るヒイコなのであった。
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