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癒やしの香り
苦手な取引先の営業さんと電話を終えて、どっと疲労感が漂う立花ヒイコ。
――なんであんなに威圧感漂わせるんだか……はあ、疲れた。
そんなとき、ふ~んと漂ってくる甘く華やかな香り。
――こ、この香りは!
ヒイコは香りの発生源を鼻で追う。すると、隣の席の草刈先輩がこれまた涼しい顔でハンドクリームをぬっていた。
「あ、香り強かった? ごめんね」
「い、いえ、大好物ですっ! キンモクセイ!」
「立花さんもどうですか?」
草刈先輩がヒイコの手にちょこんとハンドクリームを出してくれる。
――スーン……ああ、癒やされるう~。
***
そう、秋のはじまりを教えてくれるのは、なにもコンビニの芋栗かぼちゃだけではない。
ドラッグストアに一歩足を踏み入れれば、キンモクセイの香りの限定商品が立ち並ぶ。
立花ヒイコ、キンモクセイの香りに目がない。
どんなに疲れていたって、イライラしていたって、街中でどこからともなく香るあの甘~い香りを感じると、たちまち心がほどけるのだ。
ついつい買ってしまったシャンプーとボディーソープの限定セット。もちろん、キンモクセイの香りだ。
初めて使用するときは実にわくわくする。
ヒイコが自分も女子やなあ、と思う数少ない瞬間である。
ところが……なにか違う。
――これはキンモクセイの香りじゃない……。なんなの!? この人工的な妙な匂いは!?
あるあるである。
***
10月に入った休日の昼下がり。
部屋の窓を開け放ち、心地よい風を感じて床に寝そべっていた。
そこに、どこからともなく感じるあの香り……
――はっ!?
まどろんでいたヒイコは勢いよく起き上がり、レースカーテンを開ける。
キンモクセイあるある、香りの発生源を突き止めたくなるものである。
なんとアパートの垣根に植わっている木にオレンジ色の小花が咲いていた。
――こんなに身近に、キミはいたのね……。
ヒイコ、うっとり目を細めて思い切り香りを吸い込んだ。
――あああ……癒やされるう~。
アパートの付加価値が一気に上がった瞬間であった。
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