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波乱の幕開け
立花ヒイコ32歳、初めてのひとり暮らしである。
世間多くの人がひとり暮らしするタイミングと言えば、大学進学時だろう。
しかし、
「私立でただでさえ学費高いんだから、実家から通えるところにしてよね」
という、ヒイコ母によりそれは阻止された。
もうひとつのタイミングは就職時だろう。
しかし、このころ既に実家の居心地のよさ(つまりは楽さ)を知ったヒイコに、ひとり暮らし願望は芽生えなかった。
のらりくらり家事も家賃も浮かす生活を続けて十年近く……ようやくヒイコにもひとり暮らしのチャンスがめぐってきたのだ。
――新生活楽しみだな……。こんなドレッサー置くのもいいかも。カーテンは季節によって変えちゃったり……。
楽天市場をあさりまくって、ひとり新居の妄想に浸るヒイコ。
「ねえ、一応聞くけど、住む家確保できてるのよね? 確かあんたんとこの会社、社宅用意してくれないって言ってなかった?」
と母の一言によって、ヒイコは現実に引き戻されるのだった。
――……そう……だったかもしれない。
”かもしれない”ではなく確実に”そう”なのだが、ヒイコは今の今まで忘れていた。入社時に会社説明会で言われたことを母に話していたらしい。
「早く決めないと、この時期は不動産屋さん繁忙期だからねえ。京都と言えば、大学の街だし……単身用はすぐなくなっちゃうんじゃないの?」
――!!! ま、まあ、そうは言っても、少しくらい余ってるでしょ……
SUUMOをあさること数時間――
ヒイコは現実の厳しさを知ることになった。
会社から近いところはことごとく高いし、少し離れた手頃な物件は空きがなかった。
ちょっと不便だけど仕方ないかと腹を決め、不動産屋に電話した物件は「さっき決まっちゃったんですよねえ」という無慈悲な回答が返って来る。
そんなことが三回も続くと、さすがのヒイコも気づいた。
「それ、客寄せじゃん! 釣り物件じゃん!」
嘆いても、とき既に遅し……。
パンク寸前のヒイコは、最後の手を母に投げかける。
「ねえ、京都で賃貸経営してる遠い親戚いたっけ?」
「いるか!」
母よりも早い父の突っ込みに撃沈するヒイコ。
京都移住まで、タイムリミットは刻々と迫っているのだった。
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