シュトレン

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シュトレン

「ハッピーハロウィン」  後輩の山本ちゃんが、ヒイコと草刈先輩に筒状の箱を差し出して来る。  中には、チロルチョコがどっさりだ。  ヒイコが戸惑っていると、草刈先輩が箱に手を伸ばす。 「可愛いねえ」  チロルチョコのパッケージがハロウィン仕様になっているのだ。  ヒイコも、どうも、と礼を言ってパンプキン味をひとついただく。  さて、いったいいつから日本にハロウィンイベントが定着したのだろう。  ヒイコの記憶によれば、そいつはじわりじわりと存在感を増して、いつの間にやらクリスマスと肩を並べるイベントへと化した気がする。   「本当、一年あっという間やねえ」  美しくチロルチョコを召し上がる草刈先輩がしみじみぼやく。 「ほんとですよね。次はもうクリスマスですよ」  山本ちゃんはまだ若い。どこかウキウキしているようすだ。   「はやいなあ……」  ヒイコのぼやきは息になって消えた。  明日から街はクリスマスの装いに変わるだろう。  宗教もなにも関係ない、イベント好きなお国柄がヒイコはけっこう気に入っていた。まあ、他の国は知らんけど。  仕事帰り、すっかり常連になった細道にあるパン屋の前を通りかかった。  ヒイコは扉に貼られた一枚のちらしに目を奪われた。 『シュトレン 予約受付開始!!』  シュトレン……シュトレン……  ヒイコ、少ない記憶をめぐらせる。  聞いたことがあるような、いや、知らないような……。  シュトレンとは、ドイツの伝統的なパン菓子である。  バターたっぷりの生地に、ドライフルーツやナッツがぎっしり入っている。  昔は、クリスマスまでの断食期間、毎日、ひときれずつカットしていただいていたらしい。  ハロウィン同様、シュトレンが日本で当たり前のように売り出されるようになったのは、そう昔のことではない。  立花ヒイコは流行に疎い。  すぐにピンと来なくて当然である。  しかし、現在、パンに目がない立花ヒイコ、吸い寄せられるようにシュトレンの予約をしたことは言うまでもない。    無事、シュトレンをゲットしたヒイコが、わずか二日で平らげてしまったことはここだけの話――
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