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プチ・アンラッキーガール
遡ること数か月前。
昼休み、ヒイコが草刈先輩とパスタ屋さんに行ったときのことだ。
「このお店、手打ち麺で美味しいんですよ」
「ほう。それは楽しみです」
草刈先輩とさしでランチ、そして、お洒落なお店にヒイコは浮かれていた。
ランチセットのスープが先に運ばれてきた。
では、一口。
――う~ん、コンソメ味で美味しい。
そして、もう一口。
――ん?
ヒイコ、頬の筋肉が硬直する。
一瞬目を離して、もう一度。
――うん……間違いなくこれは……
髪の毛である。
短いが確かにそれは髪の毛。見間違いではない。
「どうかしました?」
動きの止まったヒイコの顔をのぞき込む優しき草刈先輩。
「い、いえ、なんでも。スープ、美味しいですね」
「ねえ」
――言えない……。
立花ヒイコ、実はこういった場面に比較的よく遭遇する女である。
そんなに神経細かな質でないが、やっぱり混入物を見つけてしまうと、一気にゲンナリである。
さて、時を戻して、今日のヒイコ。
お昼休みにとあるカフェに入った。どこにでもあるようなチェーン店だ。
先日、同僚の山本ちゃんに、ここのシナモンアップルマフィンが絶品と教えてもらったのだ。
マフィンとしょっぱ系のパンを手に入れて、イートインスペースに落ち着いた。
マフィンを手に持つと、ほどよいしっとり感を感じさせる好みのタイプだった。
いざ、いただきます――と、一口かじってお目見えしたのは……。
はい、一本の短い髪の毛。
口に入れたマフィンの味など感じることなく、ヒイコの心は固まった。
――なぜなの!? なぜにわたしを狙い撃ち!?
お昼時だからか、ショーケースにはこんもりとマフィンがつまれている。
あの中のひとつ、なぜここに入っているのか……実に不思議なご縁である。
ヒイコ、もう何度も髪の毛さんに遭遇しているが、実は一度も申し出たことがない。
誰かと居るときは、言ったらきっとその人も美味しく食べられないだろう。
ひとりのときも、少ない店員さんのうち誰の髪の毛か断定できてしまいそうで、言い出しにくい。
でも、今日はなんとなくちょうど良いあんばいの店だった。
チェーン店、店員さんはいっぱい、ぼっち飯。
条件は整っていた。
ヒイコ、重い腰を上げて、マフィンをレジに差し出す。
「あ、あのう。髪の毛が入ってたんですけど……」
「えっ?」
店員さんのハテナ顔。ヒイコはたちまち挙動不審に身振り手振りし始めた。
「あ、いえ、あの、今買ったんです。一口かじったら、その……」
店員さんがかじられたマフィンをのぞき込む。
「あ、これですね。申し訳ございません!」
店員さんが眉をハの字にして謝ってきた。
「あ、いえいえいえ。全然、全然です。交換していただければ」
「そういうわけにはいきません! お代は返金いたします」
「あ、いや、その……交換でいいんですけど」
「いいえ。こちら、250円お返しいたします。後ほど、責任者から連絡させます」
「あ……なんか、その……すいません」
ヒイコ、ろくすっぽ心休めずに店を後にした。
――マフィン食べたかったな。けど、よく考えたら、今はあの個体に入っていただけで、ほかの個体も一緒に混ぜられていたわけで……
よくよく考えると、交換というのもちょっと複雑である。
「立花さん?」
振り向くと、山本ちゃんだった。
「もしかして、カフェ行ったんですか? マフィン食べました?」
「あ、うん……」
ヒイコの感想を待つ、無邪気な山本ちゃん。
「えっと……美味しかった。うん、美味しいよね」
山本ちゃんの顔がぱっと明るくなった。
「ですよね! 来月また新作出るらしいですよ」
「へえ、そうなんだ」
ついつい棒読みになるヒイコなのであった。
――どうして、どうして当たってしまうのだろうか。
ヒイコの嘆きはさておき、この程度のアンラッキー、かわいいものである。
と、思うことにいたそう。
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