大寒

1/1
前へ
/47ページ
次へ

大寒

 大寒である。     今年は暖冬と言われているが、ここは京都だ。  『夏は暑く、冬は寒い』で有名な土地である。  冬は底冷えすると言われる寒さだが、はたしてヒイコは……  ヒイコにとって、暖冬だろうが、京都だろうが、そんな些細なことは関係ない。  冬は寒い、それに尽きる。  仕事中、寒さで縮み上がっていると、草刈先輩がホッカイロをくれた。  まさに女神様のようなお人である。 「立花さんは鞍馬口やったよね? ここより寒いんやろか」  ここ、とは烏丸御池である。  ヒイコが暮らす鞍馬口のほうが北に位置する。 「そうなんですかね……」  なんともはっきりしない受け答えをするヒイコ。  なんせ、若干の温度差は分からない。寒いものは寒いのだ。 「今出川通より北は体感温度が二度下がる言うよね」  位置関係を説明すると、南から、御池通(ヒイコ職場)・今出川通・鞍馬口通といった具合だ。  ただし、それぞれ、何キロも離れているわけではない。  せいぜい一キロや二キロといった程度である。   「それなら、宇治の抹茶屋さんの女将さんに別の話聞きましたよ」  後輩の山本ちゃんが会話に入ってくる。  『宇治にある抹茶屋の女将さん』がいきなり出てきて、若干困惑するヒイコである。 「女将さんによると、鴨川の橋を北に行くごとに寒くなるって話です」  鴨川は洛中の真ん中を南北に走る川である。  それこそ500メートルごとに橋がかかっている。  京都には古くからの迷信、言い伝えのようなものが多い、とヒイコは思う。  しかし、まあ、老舗茶問屋の女将さんが言うなら間違いない気もしてくる。  そこらへんの、見えない歴史の重み、みたいなものをヒシヒシと感じる。 「それ、ほんまやで。会社のほうは雪積もってへんけど、うちのほうは5センチくらい積もってたことあったわ」  たぬき顔の課長が口を挟んでくる。課長の住まいは確か松ヶ崎だったはず。  松ヶ崎は、鞍馬口よりたった一キロほど北である。    ――なるほど、ここに体験者がいたか……  やはり、京都に伝わるあれこれは本当のようである、とヒイコは思い直した。  郵便局に行こうと、外に出ると、晴れた空に粉雪がはらはら舞っていた。  関東では見慣れない光景だが、京都ではよくあることである。  青空に雪。おとぎの国に迷い込んだような気持ちになる。  横を見れば、白梅の花がちらほら咲き始めていた。  寒いことに変わりないが、春は確実に近づいている。
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!

43人が本棚に入れています
本棚に追加