久々の感じ

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久々の感じ

 立花ヒイコ、凝った料理はしない質である。  そんなヒイコのお助けアイテムは『ツナ』である。  しかし、ひとつ難点があった。  缶を洗うことが面倒くさい。  しかも、何度も手を切りかけたことがある。  そんなヒイコがツナのアルミパックタイプを発見し、小さな感動を味わったのは最近の出来事である。    さて、ここで大きな問題がある。  物価高の中、ツナの価格は実に高い、とヒイコは思っている。  だから、三連のツナパックがスーパーの広告に載ったときには、意気揚々と購入する。  しかし、毎度、いざスーパーに行くと分からなくなる。  ツナの種類だ。  みなさんご存じであろう大手メーカーのツナには、種類が三つある。  見た目はそっくり。  いったいどれがなんなのか、買うたびにハテナが頭に浮かぶのである。  その日は、久々にツナが広告に載り、ヒイコはスーパーのツナ売り場で動きを止めていた。    ――はてさて、どれを買ったらいいものか……?    ヒイコが頭をひねっていると、隣におばさまが。 「結局、どれが体にええんやろ?」    ――分かる。分かる。 「迷いますよねえ」  ヒイコが顔全体で頷いていると、おばさまは続けた。 「これはなんやろ? マイルド……」  ――マイルド……確かにマイルドって何だろう。 「う~ん。たぶん水煮ってやつがええんやろうけど」  おばさまが今度は中央に置かれた水煮パックを手に取る。 「ですねえ。けど……」  ――水煮ってあっさりしてて、いまいちなんだよなあ。じゃあ、マイルドってなんだっけ?  ヒイコは右側にあるマイルドを確認する。  ――はっ!!! これは…… 「これ、マグロじゃないです! カツオです!!」 「ほんまや!」  おばさまもハッとして、カツオタイプをカゴから棚に戻す。  そう。ツナ選びにはたくさんのトラップが仕掛けられてるのだ。  もちろん、水煮バージョンにもカツオバージョンにもそれぞれに良さがあるのは分かっている。好みはそれぞれだし、用途で使い分ける人もいるだろう。  しかし、やっぱり……。 「やっぱ、これやね。油入ってるマグロのやつ。これが一番や」 「そうなんですよね~、結局これですよね」  激しく頷き合った後、ふたりは同時に左端にあるマグロの油漬けタイプを手に取った。 「なんや、突然話しかけて、堪忍な」  おばさまはニコッと笑って、ツナ売り場を離れていった。  ――『堪忍』!!  『ほんま』や『おおきに』など、関西弁を代表する言葉は日常で耳にする機会が多く、もはや慣れつつあった。  京都に来てもうすぐ一年になるが、『堪忍なあ』は初めて生で耳にする言葉だった。  ――生堪忍! いただきましたっ!  久しぶりに味わう異文化コミュニケーション。この感覚に、なんだかなつかしささえ感じるのであった。  ――それだけ、京都に馴染んだってことかな。馴染んだか……ほんまに? なんつって。  
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