思い出せぬ

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思い出せぬ

 通勤途中に横を通る小学校には花壇がある。  クリスマスローズといったけっこう珍しい花や木たちが植えられているのだけれど、3月に入ってヒイコが気になっている花があった。  沈丁花の花である。  蕾のときは濃いピンク、花開くと薄ピンクの小さな小さな花たちは、ヒイコお気に入りの香りだ。  3月も半ばに入り、沈丁花の花たちは半分くらい開花してきた。    しかし、不思議なことよ。  沈丁花の香りが好きなはずなのに、どんな香りか思い出せない。  キンモクセイの香りは思い出せるのに、なぜだろう。  では嗅いでみようじゃないか! とヒイコは帰宅途中に足を止めて、開花している花に顔を近づける。  ――ん……匂わない。ってか、鼻が詰まってたんだわ!  ヒイコ、近頃、一日に何十というクシャミをかましている。  ついに花粉症になったか、と思うも、どうも微妙だ。  ――今日は目がかすむし、かゆいし、くしゃみもたくさん出るなあ。  そうか、今日は花粉が大量に飛散しているに違いない!  そう思って、花粉状況を見ると、『今日は非常に少ない』と出ている。  逆に、周りの同僚たちが、鼻水を啜っているときは、ヒイコは好調なのだ。 「立花さんは、スギ花粉ちゃうんやない?」    草刈先輩にご指摘いただくも、わざわざ自分が何花粉アレルギーなのか調べるために病院へ行くのも面倒である。  だから、クシャミをかまして「立花さん、花粉症?」と聞かれたら、 「花粉症予備軍です」  と答えることで落ち着いた。  が、しかし、この鼻づまりでは沈丁花の香りが嗅げない……。  いったいどんな香りだったか、嗅げないとなるといっそう気になって仕方のないヒイコなのであった。    
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