先生とは

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先生とは

 ヒイコ、最近よく眠れない。  理由は、背中の上のほうがかゆいから。  寝るときだけじゃない。起きているときもかゆくてかゆくてたまらない。  さて、幸運なことにヒイコは病院にあまりお世話にならない人生を送ってきた。  だからなのか、「病院に行く」という行為はけっこうハードルが高い。  しかし、市販薬を塗ってみるも、状況は悪化する一方である。  これはさすがにまずいと、ヒイコ、意を決して皮膚科の門を叩いた次第である。 「眠れないほどかゆいのは、つらいでしょう」  クマさんのような見た目の先生はおっとりしていて、ヒイコの話をよく聞いてくれた。  そして、よく効くという塗り薬を処方してくれた。  こんなに親身になって患者の話を聞いてくれる先生はなかなかいないのでは……  ヒイコ、緊張が一気にほぐれて、よい皮膚科医との出会いに感謝した。  そんな先生に見てもらい、もう背中のかゆみもこっちのもん!とばかりに、安堵していたのだが……  薬を塗り始めて二日……症状が変わった。  確かにかゆみはなくなったのだが、ヒリヒリ痛む。  それはそれは夜も眠れないほど痛むのだ。  クマさん先生助けて!とばかりに、皮膚科に駆け込んだヒイコだったが…… 「二十年医者をしてるけど、この薬が効かないなんて見たことないね!あなた嘘ついているんじゃないの?にわかに信じがたいさっ!」  クマが豹変した……! 「す、すみません……、いや、本当なんですけど……その……」  なぜ、治らなくて謝らないといけないのか意味不明なのだが、クマ先生の圧の強さに怖じ気づいてしまった。  ――ナゼ、ワタシ、アヤマッテルノ…… 「一応、他の薬出しとくけど、前のが効かないんじゃ、これが効くとは到底思えないねっ!もう無理でしょ、あなた」  ――え……見放された? 私、医者に見放されたよ……  診察室の椅子に座るヒイコの背中は、どんどん丸まって小さくなっていった。    傷心するヒイコ、「ありがとうございました」と消える声で言って診察室を後にした。  皮膚科に行って、こんなに精神を削られるとは、人生まさに予測不能とはこのことである。  ――にしても……なぜ、お金を払って診てもらうのに、患者が「ありがとうございました」って言うんだろう。  医者は、「ありがとう」はもちろん、「お大事に」も言ってくれないよなあ……。  ヒイコ、世の一定の職業の人たちを『先生』と敬い、彼らに対価を払った上、礼まで述べる慣習に疑問を覚えた日であった。  ――にしても、わたしの背中はどうしたらよいの…………とほほ。  
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