マル秘事項

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マル秘事項

 ヒイコ、労働環境には恵まれているほうだと思っている。  たいてい、一、二時間の残業で済むし、定時で帰れる日も少なくない。  それでも終業時間になると口さびしくなるのは人間の性なのだろうか。  五時半になると、みなゴソゴソと引き出しを開けて、おやつを取り出す。  ヒイコの残業のお供は、『コアラのマーチ』だったり『たけのこの里』だったり……だいたいそこらへんである。  いつもは箱買いだが、今日、引き出しには小袋タイプの『たけのこの里』がスタンバイしている。  先日、スーパーのセールでゲットしたのだ。  今日の残業組はお隣の草刈先輩と正面の倉持くんだけだ。  お菓子配りが苦手なヒイコも、イケそうなメンツと人数である。 「あの、これ、よかったら……」  ヒイコはふたりにたけのこの里の小袋を手渡した。 「あらあ、嬉しい。ありがとう」  草刈先輩が目を細める。  倉持くんも、「あ、どうも」と素っ気ないが受け取ってくれた。 「『たけのこさん』久しぶりやわ」  ――『たけのこの里』を『たけのこさん』って呼ぶ人初めて見た……じゃあ、『きのこの山』は『きのこさん』で、『コアラのマーチ』は『コアラさん』になるわけでしょうか……?  と思うヒイコだが、草刈先輩の美しさに、突っ込むタイミングを失う。 「子どものときから変わらないお菓子ってええなあ」  確かに、物心ついたときからずっとある。  改良されたのかは不明だが、少なくとも、普通舌のヒイコには変わらぬ味に違いない。 「本当ですね……」  おしゃれなお菓子や外国のお菓子が流行っても、なくならないお菓子……この先もずっとなくならないで欲しいなあ、なんて感傷に浸るヒイコなのであった。  そのとき、ふと正面の倉持くんが目にとまった。  ――……っ!?  ヒイコ、まさに目が『・』になった。  無表情でたけのこの里を食べる倉持くん、手には割り箸が握られている。  その箸は袋の中に……そして、器用に箸によって掴まれる『たけのこさん』……  その異様な光景に頭が追いつかない。 「あら、倉持くん。頭ええなあ。指にお菓子のカスや油がついてしまうものね」  ――あ、なるほど……仕事中だから手を汚したくないが故のお箸か。  しかし、ヒイコ、人知れず首を傾げた。  ――いや、待てよ……  思い浮かぶのは、『ふたばの大福事件』だ。倉持くんは超潔癖……  草刈先輩の言う理由もなきにしもあらずだけど、本当の理由はたぶん…… 「いえ、きっと倉持くんは」  とヒイコが言いかけたところで、ぎろりとするどい視線を感じた。倉持くんだ。  ――なにっ? 潔癖はマル秘事項だったんすかあっ!?  ヒイコ、思わぬマル秘を手にし、少々荷が重いと感じるのであった。  
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