護摩木

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護摩木

 ヒイコ、お盆だと言うのに帰省する気配はない。  立花家は、行事に疎く、正月もお盆も……あとは何だろうってくらいだ。  親戚で集まろうとか、お墓参り行こうといった習わしがない。  そんなこんなで、逆に実家から妹のリイコが京都にやって来た。  なんでも「五山の送り火」を観賞したいのだという。  京都住まい二年目になるヒイコだが、京都の知識は皆無に等しい。  むしろ、リイコのほうが詳しいと思われた。 「そんなことだと思って、いろいろ調べてきたよ」  リイコはちゃっかりしっかりしている。姉には似なかった。 「前日は、護摩木を奉納しに行こう!」  ヒイコのアパートから大文字山まで自転車で行く。  文字にすると、たった一行。  しかし、この炎天下、暑いで有名な京都の夏……とんでもない苦行である。  しかも京大を越えた辺りからはゆるい上り坂。 ――ひえええええっ。キツい、キツい、キツすぎる。無理かも無理かも無理無理……  ヒイコの叫びである。  前を走るリイコは実に爽快であった。  たった四つの歳の差が果てしなく大きく感じたが、リイコに言ったら 「年齢っていうより、日頃の生活習慣の差でしょ」  と正論を突きつけられそうだったので、黙って後に続いた。  激しい動悸の末、なんとか辿り着いたのは、大文字山麓にある八神社。  奥まった場所にあるから、普段はひっそりしていそうだが、今日は地元の人や観光客で賑わっていた。  木片に願い事を書いて奉納する護摩木だが、八神社に奉納した護摩木は大文字山の点火に使われる。 「願い事って言われると、考えちゃうよね」    ヒイコ、たくさん願いはあるのだが、こうして木片と筆を前にすると手が止まった。 「四字熟語で書くことが多いみたいよ」 「ええっ! 四字熟語って……」  周りを見渡すと、みなさんだいたい『無病息災』と記入している。 ――な、なるほど。そう来たか……  考えて見たら、それが一番かもしれないと、妙に納得して筆を走らせた。 『無病息災 立花ヒイコ』 ――うん。いいんじゃない。  ヒイコ、他人事だった五山の送り火に少しだけ参加できた気がして、意外にも嬉しく思うのであった。  横を見ると、リイコは『心願成就 立花リイコ』と書いている。 ――なるほど、その手もあったか……  それにしても、リイコの護摩木は綺麗な字である。  姉妹なのに全く似ていない。  タイプの違うふたりは、姉妹でなければ友だちになることもなかった仲であろう。  それでも、こうして縁が切れないのが家族の不思議なのかもしれない。  と、しみじみするヒイコなのであった。
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