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お抹茶
ヒイコ、スーパーのレジに並んでいたら、近くのワゴンが目に入った。
お団子が入ったパックがたくさん置かれている。
それは、白い団子にこしあんがかかっているように見えた。
でも、なんだかいびつで妙な形。
ワゴンにかかった旗には「月見団子フェア」と書いてある。
月見団子と言えば、一口サイズの白いお団子がピラミット型に盛られている絵を思い浮かべる。
――これが、月見団子とな?
どれどれ、せっかくだからひとつ食べてみるか、とパックをカゴに入れる。
レジ横ワゴンの品を追加するとは、立花ヒイコ、ちょろい客である。
帰ってから調べてみると、関西の月見団子は里芋を模したこの形が主流なのだそうだ。
そもそも十五夜とは、穀物の収穫に感謝する行事で、収穫時期に当たる里芋を昔はお供えしていたという。
なるほど、そう言われてみると、関西の月見団子のほうがしっくりくる気がした。
――にしても、スーパーで買えちゃう和菓子なのに、本格的なお味で美味しい~! さすが京都やん。
製造元を見ると、住所が近所の和菓子屋さんであった。
なるほど、なるほど、とひとり頷く夜であった。
さて、所変わって、お茶室にいるヒイコ。
先ほどから、あまりにも慣れない場所すぎて挙動不審に陥っている。
それもこれも、草刈先輩からのお誘いから始まった。
「知り合いが茶道教室通ってんねん。今度、イベントあるらしくて、その練習に人集めてほしい言われてて……。立花さん、お願いっ!」
「いや、茶道の知識ないですから、私……」
「平気平気。予行練習やから、なんも心配あらへんよ。おいしいお菓子、いただけるから」
日頃お世話になっている草刈先輩がそこまで言うのであれば、と仕事帰りに着いて来たのが運のつき。
茶室に集められた十数人と一緒に、畳の上で正座をするヒイコは、絶賛水分不足中である。
今日も暑かった。仕事でトラブルが続出し、焦って、喉がずっと渇いていた。
そんな状態のまま、バタバタ誘われるがまま、歩いて茶室までやってきたため、水を飲む余裕がなかったのである。
着物を着た女性たちが生菓子がのったお皿を手に続々と入ってきた。
配られた白い紙(懐紙)の上に、生菓子を取るらしい。
見よう見まねで、長いお箸を使い、お菓子を取り、箸の先を紙で拭く。
――ふう~っ。緊張する……。
主催者の簡単な挨拶のあと、「どうぞお召し上がりください」の合図で、みなさん、生菓子を食べ始める。
遅れを取らぬよう、ヒイコも菓子切り(菓子楊枝)でお菓子を切って口に入れた。
――もはっ! ぬん、ぬん、ぬん……。
白餡が求肥で包まれたお菓子であったが、いかんせんヒイコは喉がカラカラである。
口いっぱいに広がるモホモホした食感……。
しかも、お菓子はけっこう大きく、数口分のサイズである。
――ああ、水をくれええ!
こんな過酷な状態でお菓子をいただくとは、初めての体験である。
お菓子を先に食べきらねばならぬとは、聞いていないぞ……とヒイコは横にいる草刈先輩を見る。
しかし、先輩、「おいしいお菓子ですね」と涼しい顔で微笑んでいる。
――そうだ、先輩はいつでも淑やかなおなごなのだ。渇ききった喉に求肥がつまるなんてこと、ないんだ……。
いよいよ、お抹茶が運ばれてきた。
先に召し上がっている周りの方たちの動きをまねて、畳にちょこんと手をついてお辞儀して、お隣に座る先輩にペコン「お先です」として、いざ、お茶をいただく。
――うんまあああっ!!
砂漠状態の喉が潤って、麗しいお花畑に放たれた気分だった。
――ああ、なんて美味しいの……!!
なるほど、お茶無しでお菓子を先にいただく理由は、喉を極限まで渇かしてからいただくとお抹茶が美味しくなるからなのか!
これは戦略的作法なんだ!
と、いかにも誤った解釈に辿り着くヒイコであった。
お抹茶が美味しくいただけて何よりである。
注)お菓子を先に食べる理由は、お抹茶にはカフェインが含まれており、空腹時に飲むと胃に刺激を与えるため、お菓子で空腹を和らげるとのこと。
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