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試される忍耐
引越ししたら必ずしなくてはいけないもの。それは市役所での手続きである。
立花ヒイコ、午前休をいただいて、朝一で区役所に足を運んだ。
フロアに入った途端、ヒイコはうっとひるんだ。待合スペースは人で溢れている。
ヒイコは知らなかった。四月の市役所が地獄のように混むことを。おまけに朝一が一番混むということを――
――午前休だし、余裕で終わるでしょ。
さて、申請書を出して早二〇分が経過した。ようやく椅子に座ることができたヒイコだが、もう呼ばれる頃だろうとソワソワする。
しかし――待てど暮らせど握りしめたカードの番号・59は呼ばれない。
――なんかトイレ行きたくなってきた……
ポツリ、ポツリと番号が呼ばれていくが、ヒイコより前にいた人たちの顔ぶれが変わっていない気がする。
――まだまだってこと……? あー、漫画でも持ってくればよかったな。
一時間が経過した。
――ここはディズニーランドかっ……いや、関西だからUSJか、行ったことないけど。
そんな冗談を心の中で繰り広げられるのも、ここまでだった。
一時間半が経過した。
――今どきのディズニーランドってお金出せば並ばずにアトラクション乗れるよね……。お金出してでももう帰りたいんだけど……っていうか、仕事の時間間に合うよね!?
不安になると同時に、悶々としてきた。
――いくらなんでも待たせすぎじゃん!? なんか抜かされてる気がするんだけど……?
立花ヒイコ、ついてない女である。病院の会計なんかでもよく順番が入れ替わることがある。もはや、ここに自分が存在していることすら忘れられている気がしてくる。
――いやいや、お役所に限ってそれはないよねえ……
でも、二時間も待たされてるんだから、「まだですか?」って聞きに行ってもありだよね?
「わたし、待ってますよ。知ってますか?」とアピールをしようかと悩み始めたヒイコは少しドキドキした。波風は立てたくないタイプだ。
「59番でお待ちの方」
――来たー!!
ついに、ようやくヒイコの順番がめぐってきた。
たかが転入手続きだが、感動ひとしおである。
無事、会社に提出する住民票を受け取ったヒイコが、お昼ごはん何を食べようと思ったとき――
「マイナンバーカードの手続きもありますからね。番号札を持ってお待ちください」
――嘘でしょ? 嘘だよね?? 嘘って言ってくれ!!!
ヒイコ、灰になった気分である。
そこから三十分、たっぷり待たされたあげく、必要な暗証番号を思い出せないという悲劇が待受けているとは、思いもよらないヒイコなのであった。
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