つきのひかり

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つきのひかり

ワンライ参加作品。 −−−−−−−−−  月が明るい晩だ。 あとは寝るだけ、という段になった俺たちは、ベッドの上で声を殺して戯れていた。 「なあ?」  寝間着の裾から指を這わせようとする悠さんをたしなめる。 「窓が開いてますから。今日は明るいでしょう?」 「見せつけてやりゃいいだろ」  とんでもないことを言いながら、首元に口づけた唇をそこから動かそうとはしない。 温かな唇の感触を感じながら、柔らかな髪に指を触れる。そっとそれを梳いていると、熱を孕んでいた体は、次第に穏やかになっていった。 「ん……、颯人、それ気持ちい」  唇のかわりに頬が寄せられて、すり、と肌が擦れる。 指の間を流れていく髪と、擦れる肌が心地よくて、思わず眠くなる。 悠さんの横顔に視線をやると、やはりうとうとしていた。 声をかけるのを我慢して、起こさないように口を開く。 「月の ひかりが ひとつ ふたつ  お池で 泳いで ひらり きらり  お空の かなたへ まいります」  この続きは忘れてしまった。なんとなく歌い終えて悠さんを見る。黙っているから眠ってくれたのかと思いきや。 「何だよ、セレナーデはもう終わりか?」  その漆黒の目をはっきりと見開いて、俺を見つめていた。 「何言ってるんですか、ただの童謡ですよ」 「俺のために歌ってくれたんだ、セレナーデに決まってんだろ」  どこまでも強引だ。嬉しそうに笑って見上げてくる。 「俺もセレナーデ歌いたい。返歌してぇな。ああ、でもな、俺が知ってるのは歌えるような曲じゃねぇからな」 「え、ちょっと、何を恥ずかしいことしようとしてるんですか」  悩んでみせた悠さんは、ふと何かを思いついて、ベッドから起き上がると窓際に行った。カーテンを開けて差し込む月明かりをスポットライトのようにその身に浴びると、窓際に腰掛ける。 「ベートーヴェンの『月光』ですね」  口ずさんだのは有名なフレーズだった。 「そ。知ってるか? ベートーヴェンはこの曲を当時惚れてた相手のために書いたんだ」  ロマンチックな話だ。当然知っている。 「惚れてた相手が14才年下っていうオチでしょう? そういえば悠さん、『ショタコン』でしたね」  そう言って俺が寝返りをうち背中を向けると、慌てる気配がして思わず笑った。 「ちょ、ちょちょ、ちょい待てって。それはまあ、そうだが、今のは間違いなく颯人のために歌ったんだぞ」 「ふぅん」 「颯人ぉ」  悠さんが俺のために歌ってくれたのは分かっていたけれど、慌てる悠さんがただもう愛おしくて、簡単にうなずいてしまうのは惜しくてできなかった。 後少しだけ、悠さんの焦り声を背中で聞くことを許してほしい。
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