あおり注意

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あおり注意

歌詞:大塚愛 さくらんぼ −−−−−−−−−−−− 『隣どおし あなたとあたし さくらんぼ』  マイクを握った近江さんがポーズをきめて歌い終える。 すかさず山岡さんが歓声を上げて賑やかした。 「なっつかしいなー、この歌。しかし理沙ちん、知らないだろ?」 「そうですね。私は世代じゃないんですけど、年上の従姉妹がよく歌ってて」 「だよなー」  今日は事務所の皆で飲み会からのカラオケの流れ。ふーん、と酔った頭でその会話を聞きながら、俺はメロンクリームソーダのストローを咥える。ミルキーなアイスと、シュワシュワ弾ける甘いソーダが口内になだれ込んだ。 「はは。颯人は相変わらず美味そうに飲むよな」  そんなに表情に出ていただろうか。山岡さんがこちらを見て笑う。 「美味しいですよ」  実際、酒で幾分か麻痺した舌にさえしっかりと甘さが染み渡って、目が覚めるようだ。褒めてない? いや、これが俺なりの賛辞だ。 「そっか、良かったな。なあ、そのさくらんぼくれよ」  アイスの上に乗ったシロップ漬けのさくらんぼを指して、山岡さんが言う。俺の目当てはソーダとクリームなので、快く譲った。 「さんきゅ。見てろよ」  ニヤリと笑ってさくらんぼを口に放り込んだ山岡さんは、そう言うと目をつぶって何やら集中し始めた。 「何やってんだ良太」  桧山さんと音楽トークに熱を上げていた悠さんが気が付いて、その様子を覗き込む。 「ほらよ」  山岡さんがこちらに向かって舌を出した。その上にはくるりと結ばれたさくらんぼの軸が載っている。 「え? 何だこれ、口の中で結んだのか? すげー」  悠さんが目を丸くするのを見て、山岡さんは得意げに笑った。 「ちょっと器用なやつならたぶんできるぜ。あ、でも、悠にはできないかもな」 「なんでだよ! おい、やるぞ!」  案の定、つられた悠さんが人数分のメロンクリームソーダをオーダーする。テーブルに載っていた酒とフードをあっという間に取り囲むソーダ。 「え、なんで僕もやるんですか」  二宮さんが戸惑っているが、にこにこと近江さんがさくらんぼを頬張ったのを見て、つられてさくらんぼを口にした。しばし皆で口をもごもごさせる。 「ん? んん? できた、か?」  悠さんがべっと舌を出す。真ん中で二つに折れた軸が載っていた。 「ははは。だめだ悠。やっぱな」  笑う山岡さん。 「やっぱ、って何だよ?」 「んー」  にやにや笑う山岡さん。あれは悠さんをからかうネタを見つけた時の顔だ。待て、なぜ今ちらりと俺を見た。 「結べる奴はな」 「おう」  鼻息の荒い悠さんに睨まれて、山岡さんがこらえきれず爆笑した。嫌な予感がする。 「器用だからキスが上手いっつってな! 悠はキス下手そうだと思ってよ! なあ颯人」 「知りません」  なんで話を俺に振る! 関係ないだろ! 「てめえ、良太! 下手じゃねぇ! なあ颯人!」 「知りません」  勢いで俺を睨む悠さんをかわした。頭の中にははるか昔、セピア色の記憶が蘇る。 『颯人、さくらんぼ結べんの? ちゅー上手いんだ! エロ!』 『やーい、エロ! エロ星人!』  無邪気な小学生が囃し立てる。いくら不満を言っても取りあってくれなくて、数日は不名誉なあだ名で呼ばれたっけ。屈辱の思い出だ。 「颯人もやれ」 「むぐ」  否応なしに口にさくらんぼを放り込まれる。どういう展開だ。しかし、無理してノッてやる必要はない。さくらんぼを転がしながら、悠さんの熱が冷めるのを待てばいい。 「ん、やらないのか?」  悠さんが俺の顔を覗き込む。曖昧に笑い返す。恥ずかしいからやりたくないって、気づいてくれ。 「そっかー」  身を引いた悠さんがテーブルを振り返る。 気づいて……。 「じゃあ手伝ってやるよ」  だん、と覆いかぶさるように俺の後ろの壁に手を突く悠さん。片手にはアルコール度数の高そうな酒の入ったグラス。 一気に酒をあおる背景に、にやにやしながらスマホを構える山岡さんと桧山さん、慌てている二宮さん、両手で顔を隠しながらも指の隙間からしっかり見ている近江さんが見え、次の瞬間、俺の口はアルコールを帯びた柔らかいもので塞がれた。さくらんぼとアルコールと悠さんでいっぱいだ。 何に使うのかカシャカシャとフラッシュが焚かれる中、諦めた俺は目を閉じた。
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