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「は? さすがにちょっと早すぎない?」
「そうかな」
「そうかなって、え、恋人ができたって話じゃないの? 交際0日婚?」
並んで座っていたバーカウンターのスツールから落ちそうになりながら、混乱した頭をなんとか立て直そうとする。
「え、マジでちょっと意味わかんない。なんでそんなに急に結婚?!」
今までの歴代彼女たちだってこんなスピード感で進んだことはない(はずだ)。聞いていた限りでは奥手な優一にしびれを切らして振られる率が高かったはずだ。さすが僕の優一はピュアな男だと感心していたのにどういうことだ。
「つき合うなら結婚を前提にってやつ?」
「それはどの子と付き合っても当たり前だと思うけど」
「だよな、優一ならそう言うと思ってた」
頷きながら細長いグラスに入っているカクテルに口をつけた。
昭和の香りがする価値観を持つ優一はいつだって誠実だし、責任感の塊だ。お年寄りに席は譲るし女子供にはすごく優しい。
生真面目で馬鹿正直で、生きにくさを感じそうなのにマイペース。そんな優一のアンバランスさから目が離せなくなった。
真っ当という言葉そのままの人柄だけどいくらなんでも展開が早すぎる。嫌な予感がして心臓がバクバクと音を立てた。
「お互い付き合うなら結婚を考えるタイプだったし、一緒にいると休まる子なんだ。安心してそばにいられるねって」
「そりゃそうだろ(なんたって僕の優一)」
「俺以上に彼女の方がそういう安定志向で、結婚したら家庭に入りたいって」
優一の話を聞きながらモヤモヤした気持ちが広がっていく。
嫉妬とかそういうんじゃなく、なんだろう。その女の思考っていうか、厚かましさって言うか、うまく言葉にできないモヤモヤ。
それは次の言葉で決定的になった。
「それでな、子供が出来たって、言うんだ」
「誰が?!」
「彼女が」
はあ~っと大きな声が出た。
店の中が一瞬静まりかえり、カウンターの中のマスターが鋭い視線を投げてよこす。ゆっくりとした店内でくつろいでいた人たちが何事かと僕たちを見ていた。慌ててまわりに頭を下げる。
もう一度スツールにすわりなおして「どういうことだよ」と囁く。
「子供って、そんな、あの、」
奥手だと思っていたのに。そういう事に進むのに時間がかかる男だったはずなのに。
「……ナマでしたの?」
指で輪を作って中指を出し入れすると、案の定優一は顔中を真っ赤にしながら辺りを見渡した。
「プライバシーだろ」
「子供が出来たって報告にプライバシーもあったもんじゃないよ」
「そうだけど! 友達同士でもそういう事話すもんじゃないだろ」
「でも、したからできたんだろ?」
「……一回、だけ、彼女から誘われて」
「はー?」
なんだかモヤモヤが深くなる。
なんだろう。このしてやられちゃった感。
「えっとさ、付き合ってどのくらい経つわけ? そんな長くつきあってるの秘密にされてたの、僕」
「いや、まあ、春の移動があって新しい営業先に挨拶に行ったときに知り合ったから……」
近い場所の記憶を辿る様に指を折って「3か月、くらい?」と答えた。
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