暴走

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 優一はきょとんとした顔で僕を見た。意味が分からないというように首を傾げる。だからもう一度はっきり聞こえるように伝える。 「恋人ができたんだ、優一の知らない人。お前と全然関係ない場所で知り合ってつきあってる」 「光琉に恋人?」 「そうだよ。だからお前と寝たくない。どけて」  これだけ言えばわかってくれるだろうと思ったのに、残念ながら火に油を注いだだけの結果に終わった。  優一は表情を無くすとさらに僕を強く閉じ込めた。手首がもげるように痛い。 「痛いってば優一!」 「許さない」  低い声は僕を怯ませた。  優一の手が再び肌の上を辿り胸の先端を捉える。緩やかに刺激を与えながら首筋を吸う。何度も繰り返される小さな痛みに僕は首を振って抵抗を見せた。 「優一やめて」 「お前は俺を好きでいなきゃだめなんだ」  言うと僕のネクタイを解き手首を縛った。そのままテーブルの脚に括りつける。がっちりと固定されてしまえばさらに動けなくなった。 「やだ、優一。何してるかわかってる?」 「わかってるよ、お前が他の男のもになるなんて考えられない。光琉は俺をずっと好きでいなきゃだめだし、俺のすることにいちいち反応してショックを受けてくれなきゃ。……ずっとお前が平気そうに振る舞う姿に同情してた。でもそれが嬉しかったんだ」  優一はふいに動きを止め、小さく頷いた。 「今わかった。俺は光琉が好きだったのか」  そして僕を見て笑った。まるで難しい問題の答えがみつかったように晴れやかな顔で。子供の様に無邪気な笑顔を僕に見せる。 「お前が好きだよ、光琉。気がつかないふりをしていたけど、俺もお前が好きなんだ」 「遅いよ」  僕は首を振った。何度も振りながら否定する。 「もっと前に言ってくれればよかったのに」 「でもお前だってまだ俺に気持ちがあるはずだ。じゃなきゃもっと強く逃げてる。なんだかんだ言ってお前は俺を選ぶんだよ」  そうかもしれない。まだ僕の中に優一への気持ちは燻っていて完全には消えてない。そんな容易く忘れられるような気持じゃない。  優一は僕を好きだと言ってくれる。どれだけ夢見て叶わない現実に絶望してきたのか。ようやく報われる時が来たのにもう遅い。 「倫也」  僕は自分の男の名前を口にした。  助けて欲しくて。ようやく実感する。こういう時に名前を呼んでしまうのは優一じゃなくて倫也だって。  僕にとって大切な人は。 「倫也! 倫也、倫也」  他の男の名前を呼び続ける僕の口をふさぐように優一が覆いかぶさってくる。こんなことしたって何にもならないのに。ここで僕を抱いたところで何も手に入らない。あの女の代わりにもならないのに。  馬鹿だ優一。  焦る様にベルトに手をかけた優一は下着ごと一気にずり降ろした。空気が直接肌に触れる。優一の手が足の間を撫でた。  その時だった。  何度も連呼するチャイムとドアを叩く音。 「光琉さん!」  倫也の声が聞こえてくる。 「光琉さん、いますか?」 「倫也!」  まさかと思いながらも僕は叫んだ。本当に助けてに来てくれるなんて。倫也が来てくれた。すぐそこにいる。 「倫也」   いますぐ駆け出したいのに縛り付けられた体はどうにも動けない。優一は自棄になったように僕の足を開く。 「俺だけ見て、光琉」  懇願するように見つめる優一の姿に胸が痛い。  お前の凛とした姿が好きだったよ。こんな風になる前に何とかしてあげられれば良かった。  もっと早くお前が僕を好きだって言ってくれたら。そしたら両手で強く抱きしめてあげられたのに。お前を何者からも守ってあげたのに。 「好きだったよ優一」  ずっと言えなかった告白は過去形になってしまった。  嘘をつき続けて腐敗した気持ちを昇華させてしまった今だから、もう過去には戻れない。  ぽとりと優一から涙が零れ落ちて僕の頬を濡らした。  優一はふらふらと立ち上がるとそのまま玄関へと向かった。ドアを開けると倫也と対面する。まさか僕以外の人が出てくると思わなかったんだろう、倫也がビックリしたように立ち止まる。 「あなたが優一、さん?」 「お前がそうなのか」  言いながら横をすり抜けた優一はそのまま部屋を出ていった。  残された倫也はいつまでも僕が出てこないことを不審に思ったのか慌てたように部屋の中に入ってきて状況を確認するとすぐに踵を返した。 「あの野郎!」 「待って、行かないで」 「でも!」 「いいから。なんでもないから……ね、行かないで」  お願い、と繰り返す僕にため息を返して倫也は縛られた手首を開放してくれた。むき出しの下半身にはタオルをかけてくれる。 「ごめんね、見苦しいところを見せて」  乱れた服を整えながら謝ると倫也が後ろから僕を抱きしめた。まるで毛布に包まれているような安心感にほっとしたら力が抜けて立っていられなくなった。  慌てて抱きかかえられてソファへと降ろされる。 「何か飲みますか」 「ごめん、そこにお茶があるから取ってもらっていい?」  コンビニで買ってきたばかりのペットボトルに口をつけるとゴクゴクと飲み干した。緊張が続いたせいで思ったより喉が渇いていたらしい。飲み終わるとそのまま横になった。すぐ隣が倫也の重みで沈む。 「なんか力が抜けた」 「……色々聞きたいことがあるんですけど、今でもいいですか」 「うん」  倫也の表情は硬いままだった。  そりゃそうだろう。恋人の部屋に来たら下半身むき出して縛られていたんだから。しかもその相手はずっと好きだった人。勘ぐるのも無理はない。 「先に言っておくけど未遂だよ」 「そういう問題じゃない」 「だね。ごめん」  怒りをなんとか抑えようとする倫也は何度も息を整えている。責めてしまいそうな自分を抑えているのかと思うとせつなくなる。  罵ってもいいのに。他の男と何をしてるんだって怒ればいい。  だけど倫也は僕を信じる、と言った。      
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