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「光琉さんから優一さんと会うって連絡が来たときは手が離せないでいて。あとから電話したけど全然繋がらなくて……付き合いも長い人だし出れないこともあるってわかっているけど落ち着かなくて……」
女々しくてすみません、と倫也は続けた。
「まあ仕方ないかって一度は思ったんですけどなんとなく嫌な感じがして。もちろん邪魔する気はなかったけど聞こえたんです。光琉さんが呼ぶ声が」
絶対聞こえるはずがない離れた場所で聞こえた僕の声。そんな不確かなものを信じて駆け付けてくれたのか。
「呼びましたよね、おれのこと」
「呼んだよ。何度も。倫也って」
僕は隣に座る倫也の腰に手を巻き付けた。ぎゅっと抱きついて頭をすり寄せる。
「優一といたのに倫也を呼んだんだ」
「光琉さん」
倫也も覆いかぶさるようにして僕を抱きしめた。急いできてくれたのだろう少し汗ばんだ匂いがする。大好きで安心する。
「優一の結婚する相手が前の人とよりを戻したんだって。それでショックを受けてて……ほっとけなかった」
「そりゃそうでしょうね」
「だけどあいつやけ酒し始めて酔いすぎて、ちょっと言い争いになったんだ。それでこんなハメに」
倫也の腕の力が強くなる。まるで守る様に力強く僕を閉じ込める。それだけで僕はもう全然平気になるんだ。
「ごめんな、今日お前のワイシャツ着ていって。早く帰るつもりだったんだけどな」
「いいです。いくらでも着て行って。そのかわりその可愛い彼シャツ姿を見せてくれないと」
倫也は僕の体を起こすと大きなサイズに着られた姿をじっと見た。首筋に視線を寄越すと少しだけ眉をひそめる。
「痕つけられてる」
「あ、」
優一が強く吸った後だった。倫也はシャツのボタンを外すと上書きするように唇を押しあてた。チクリとする痛みが与えられると息が上がる。
「んっ」
「優一さんにもそんな顔見せたんですか?」
「見せてないよ」
「ほんとかな。こんなにいくつもつけられて。首筋が弱いんだってバレました?」
「それどころじゃなかった!」
倫也の息が当たるたび背筋をゾクゾクとしたものが駆け上がる。優一はいくつつけていたのか、倫也は探っては強く吸うを繰り返した。そのうち耳の後ろを舐め上げられると甘い声が漏れてしまった。
「光琉さんちょっと油断しすぎです」
倫也は腑に落ちない顔をしながら指を折って見せた。
「8個も」
「うそ、そんなに?!」
「ついてます。ちょっとこれどうしようかな」
そのままワイシャツを脱がして手首に残る手の痕も見つけた。ぎょっとするほどクッキリとついた優一の指の痕が赤く腫れていた。
「どんだけ強く握られたの」
倫也は僕の両手を取るとゆっくりを顔を寄せた。痛々しい痕に優しいキスをする。
「痛かったでしょ」
「そりゃ、まあ」
「マジで許せないところだけど、そこは光琉さんに預けます」
言いながらもほっとけばすぐにでも追いかけて行きそうだ。だけどそんなことはして欲しくない。
「シラフになれば自分のしたことがわかる奴だから」
「そうなんでしょうね」
倫也は僕の手を掴んだままふーっと深い息を吐いた。何度も落ち着けるように繰り返す。
「ホント言うと結構腹が立ってます。あの人もそうだけどいい人過ぎる光琉さんにも。なんでこんな風になるまで油断したのかとか、あの人だから許したのかとか、おれが来なかったらどうなってたのとか、でも許しちゃってるんだなとか、まあけっこうグルグルしてるんだけど」
「ごめん」
「そうやってすぐに謝る」
倫也は僕をにらみつけると手を離した。
「わかってます? 結構貞操の危機だったんですよ。あなたの好きだった人だからあまり言いたくないけど、そんなノンキでいられるとな。もしかしてあのままシちゃってもいいとか思ってました?」
大きなため息をつくと立ちあがり、そのまま玄関へと向かった。倫也の中に燻る怒りを見つけて僕は慌てて背中に抱きついた。
「違う! そんな事思ってない」
グリグリと額を押しつけながら否定する。
「そんなつもりじゃない。でもごめん」
呆れられてしまった。
そりゃそうだ、倫也がいるのに前に好きだった人を家に入れてふたりきりになって。キスマークだらけて下半身をむき出しにしていた惨状。どう考えたって許したくないだろう。
僕を安心させようと優しくしてくれたけど僕は優一を責めるわけでも無くて……。
あまりにも無神経だった自分に血の気が引いた。
「ごめんなさい。倫也、傷つけちゃったよな。ごめん。でも嫌わないで」
必死で背中に回す腕に力を込めた。
「油断してたのは本当。優一相手だし、どうしても強く出れなくて。同情って言うか、なんかうまく説明できないけどなんとかしてあげたい気持ちもあって」
優一が苦しむのが嫌だった。少しでも助けたいのに何の力にもなれない自分が不甲斐なかった。
だけどそれはもう恋じゃなくて。
「倫也じゃなきゃダメだって。すごくわかって、自分がどれだけ倫也が好きかって。だから、ごめんなさい。行かないで」
勝手なことを言ってるのはわかってる。
だけどこんなことで終わりたくない。
優一の時のように平気な顔をして自分を偽りたくない。欲しいものは欲しいと言わないと。
倫也はしがみつく僕の手をポンポンと軽くたたくと「帰りませんよ」と言った。
「手首が痛々しいから冷やそうかなって。カバンに入っていたタオルを取ろうと思っただけです」
「えっ」
「でも焦る光琉さんが見れたからいいや」
そのままクルリと反転すると正面から向かい合った。ギュっと抱きしめられる。
「ちょっとだけ不安だったんです。優一さんのことがどれだけ好きか知ってたから、もしかしてって。だけど違うんですね」
頭の上に小さなキスが落ちる。
「光琉さん、おれのことそんなに好き?」
聞かれてコクリと頷いた。好きだよ、大好き。
「ちゃんと聞かせて」
そういう倫也の声は少しだけ嬉しそうだ。恥ずかしいけど、ちゃんと伝えなきゃと口を開いた。
「倫也が好き」
「もう一回」
「好きだよ。倫也だけが好き」
「おれも大好き」
顔を上げると目が合った。倫也の瞳の中に僕が写っている。真っ赤な顔をして恥ずかしそうに。
好きな人に好きと言えるってなんて気持ちがいいんだろう。胸の奥に大切なものを隠さなくていい。素直にそのまま伝えたら喜ぶ顔が見えて、そして僕もまた幸せで。
「倫也が大好き」
もう一度言うと胸の中にも言葉が染みてきてジワリとした。
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