暴走

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 倫也はタオルを冷やしてくると僕の手首を包んでくれた。じんじんとした熱が引いていく。 「折れたりしてるわけじゃないので数日で引いていくとは思うけど、おかしいと思ったら病院に行ってくださいね」 「わかった」 「それよりキスマークの方が問題ですね。見るたび腹立たしいし、会社とか誤魔化したほうがいいですよね」 「た、確かに!」  ワイシャツの首元からハッキリと見える場所にも赤い点がついている。優一め、遠慮なくアチコチにつけやがって。  倫也はカバンから何かを取り出すと「気休めですけど」と言いながらも痕を塗りつぶすようにチョンチョンと塗った。 「何これ。薬?」 「コンシーラーですね」  聞いたことのない名前だ。ハテナが浮かんでいるのに気がついたのか、苦笑いしながら「色々消すやつです」と大雑把な説明をした。 「女の人とか化粧する時に使ってるやつですね。これはカバー力が高いので少しは誤魔化せるかと」 「あーそう……」  詳しく説明されるほど微妙な気持ちになる。こんなのがカバンに入ってるってどういう事? 手慣れてるし、よくそういう状況になるってことで。ああモヤモヤする。  倫也は僕の顔の変化を見ていたのかクスクスと笑い声を漏らした。 「光琉さんヤキモチ焼いた?」 「別に!」 「ふふっ、可愛い」  倫也は悪びれることもなくちょいちょいっと作業を済ませると、どうかな、と鏡を見せた。 「全部は隠せないけど、あとはシャツの襟とかネクタイしっかりめに締めてもらうとかで」  鏡で見ると確かに痕の上に肌色が乗っている。よく見ればうっ血がわかるけど、という程度。こんな至近距離で会う人もいないのでこれなら大丈夫そうだ。 「倫也くんはこれが必要な生活をしてるんですね」  厭味ったらしく言うと否定もしなかった。まあ、誘われれば誰とでもって聞いていたし今更傷つくことでもない。 「今は光琉さんがつけてくれなきゃ必要ないですよ」 「あ、そう」  やっぱりなんか面白くない。 「つけてみます?」  倫也は自分の首筋をトンっと指さしてニヤリと笑った。 「キスマークお揃いにしますか?」  そう言われてもやり方がわかんない。そもそもセックスにまつわる全部は倫也から学んでいる最中だ。ただ吸えばいいのか? 「どうぞ」と首を傾げられて僕はつられるように近づいていった。  倫也の首筋からは香水のようないい匂いがした。鼻先に髪が当たってむずがゆい。倫也も優一もいとも簡単に人の首に吸い付いて来るけど、結構難しくないか。  モタモタしていたら倫也が身をよじって小さく笑った。 「ふふっ。息が当たってくすぐったい」 「ちょっと黙ってて」 「はーい」  チューの口で吸いついて離れてみる。ほんの少し赤いけれどこれはキスマークとは言えないような。倫也がいつもつけてくるのはもっと赤くて生々しい。 「?」と思いながらもチュッチュと吸ってみるけど思うようにはつかない。  倫也もこらえきれなかったのかとうとう声を上げて笑い始めた。 「ごめん、あのバカにしてるとかじゃなくてくすぐったくて。限界っ、ふ、はははっ」 「笑うなよ」  こっちだって必死にやってるのに。  急激に恥ずかしくなって顔中が赤くなる。倫也は眼のふちに涙をためて笑い続けている。 「もういい」  不貞腐れるとごめんと謝りながら、倫也は唇をペロリと舐めた。赤い舌先がいやらしい。 「じゃあお手本」  言いながら優一の手の痕のすぐ横に唇を押しあてた。スっと息を吸ったかと思うとチクリと痛んで赤いうっ血が残った。なんでそんなに簡単につくんだよ?! 「キスマークって言ってもキスの仕方じゃつかなくて。うの口にして吸い上げるっていうか。ゼリードリンク吸うみたいな感じで」 「う」と言いながら口の形を作ったらそれはすぐに攫われた。チュっと可愛い音を立てて唇が離れる。 「ごめん、あまりにも可愛い顔でおねだりされたから」 「してないけど」 「誘惑には勝てなくて」  クスクスと笑いながら倫也は僕の唇をつまんだ。 「そんな力一杯、う、じゃなくていいから。小さく、う、ってくらいで。吸引してみて」    もう一度倫也の首筋に近づいた。  小さな、う、で吸引。 「んっ」  倫也が小さく声を漏らした。見ると小さな赤がついている。 「ついた」 「あ、ほんとだ」  倫也も鏡を見ながら僕の残した痕を見て笑った。 「なんか嬉しい。光琉さんの痕だ」 「うん、なんか、お前がつけたがる気持ちが分かった。独占欲って言うか、僕のだぞって気分になるって言うか」 「でしょ。だから許せないんだよね、コレ」  倫也は僕の首筋を撫でるようにしながら、きゅ、と軽く締めた。 「他の男にこんなふうに触らせないで」 「ん」  首を絞められているというのに何故か興奮した。倫也のむき出しの嫉妬が気持ちよくて。うっとりと見上げたら倫也と目が合った。 「首を絞められて感じちゃうの?」 「倫也にされるなら何でも気持ちいいよ」  その前に出会った人では誰一人として無理だったのに。触られるだけで気持ち悪くてすぐに離してもらった。優一以外じゃ絶対無理だと思っていたのに簡単に倫也はその壁を崩した。 「ほんとに……光琉さんには敵わないな」  倫也は困ったように目を細めながらも愛おしくてたまらないとばかりに僕を抱きしめた。 「これ以上好きにさせてどうするの」 「もっと好きになってもらう」 「責任取ってくれるのかよ」  言いながらも僕を触る手は優しくて、愛されていることをじっくりと身体に思い知らされるようだった。触られるたびに細胞が次々に新しくなっていくような。高みへと連れ去られても一人じゃない。倫也と一緒に迎えているんだと思えば幸せで仕方がなかった。  僕は初めて愛を知ったのかもしれない。
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