嘘つき

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 それから本当に優一からの連絡は途絶えた。  マジで怒らせてしまったようだ。こうなったらほとぼりが冷めるのを待つしかない。落ち着いたら、がいつになるのかわからないけど仕方ない。  いつだって優一は僕を受け入れてくれたし、僕も会いたかったからマメに連絡を取っていた。  こんなに音沙汰がないのは初めてのことだ。     あの時、余計なことを言わずいつものように「おめでとう」だけを言っていればよかったのか。嘘をつくのは得意だ。言いたいことを飲み込んで、心が傷ついても知らん顔で笑っていればいいだけ。  優一に嫌われないように。そばにいられるように。  だけど優一が傷つくかもしれないと思ったらつい口にしていた。言っちゃいけない事だと承知で。だけどやっぱり彼女に対して不審しかない。  一人でいると悪い事ばかり考えてしまって行きつけのバーに行くことにした。優一には秘密のお店だ。  ゲイばかりが集まるお店は大人になって自分のアイデンティティに迷った時に足を踏み入れた。男の人を好きな自分がどこかおかしいのかもなんて誰にも相談できなかったから。優一以外の男と付き合ったのもここで知り合った人だった。  性行為に至れなかった僕を詰るでもなく、ゆっくり進めばいいよと優しくしてくれた彼とは今でもいい友達だ。  カウンターといくつかのテーブルがあるバーは今日も賑やかだった。扉をくぐると素直な自分になれる気がする。  僕の顔を認めるとすぐに手を振ってくれる馴染みの人たちもいる。    カウンターに座るとどこから見ても「The女優」という迫力な美人ママ(男)がすぐにビールを出してくれた。何も言わなくても座るだけで最初の一杯が出てくるいいお店だ。 「どうしたの? 悩んでますって顔をしてるけど」 「ん~、ちょっとね」 「あららっ、またあの人に恋人ができちゃったのかしら」 「正解」  優一に恋人ができるたびにここで泣いているから、顔を見ただけですぐばれる。そんなところも気安くてすごくいい。気軽に弱音を吐ける。 「でもそれだけじゃないんだなあ」 「えっ、ついに振られたとか!」 「それならまだいいよ……ってよくないか、結婚だとよ、結婚」  口に出したら一気にショックが襲ってきて、情けないくらいに震えた。 「どうしよう。結婚しちゃう」 「あら……ついにこの時が」  憐れむような視線に堰を切ったように思いがどっとあふれた。ぐっと身を乗り出してママの手を掴んだ。 「どうしよう。優一が変な女の毒牙にかかったっぽいんだ。それを指摘したらしばらく会いたくないって」 「なによそのドラマティック展開」  会話が聞こえていたのか、奥の方からもう一人のスタッフがウキウキとスキップを踏んで飛び出してきた。長くからこの店にいる司さんはベリーショートでカッコ綺麗な男の人だ。結構年上なのに年齢を感じさせない美貌の持ち主でママの恋人だった。  迫力のある二人に取り囲まれながら事情を説明すると「やるわね」と口をそろえた。 「カモられたわよ。優一」 「でも気がつかないもんかね~男ってほんとバカ」  二人の意見も僕と一致していた。やっぱりどこから見ても計算ずくで優一は利用されたとしか思えないのだ。 「優一は真面目がつくほど誠実な男だから」  だから騙されても気がつかない。誰だって慈しむべき存在で自分が力になれるならなんだってしようとする男なのだ。 「そんなところが好きなんでしょ」 「あぶなっかしい男って魅力的よね。そばで支えてあげたくなっちゃう」  ね~っと手を取り合う二人は大いに盛り上がっている。 「光琉の危惧するのは当然として、優一に伝わらないのがねえ」 「なんとかならないかな」  助けを求めるように二人を見つめたけれど、小さく首を振った。 「残念だけど何を言っても伝わらないと思うわ。もう後は信じて見守ってあげるしかないわよ」 「でもそれじゃ優一が!」  あいつだけが馬鹿をみて不幸になるじゃないか。 「よく聞いて。それは全部優一が選んだことなのよ。彼女を好きだと思って、セックスもして、子供が出来たなら結婚しようって全部彼が選んだの。友達ならどういう結果になるにしても認めてあげなきゃ」 「でも」 「悔しいわよね。突然現れたずる賢い女に横取りされて。本当に大人しい女はそういう事しないの。でも計算された女に引っかかった優一が悪いのよ」 「本当に一発が当たったのかもしれないしね」 「いい精子持っていそうだものね♡」 「あーん♡一度逢いたいわ優一に」  いつの間にか横道にそれた会話をよそに僕はビールを煽った。空いたグラスに泡が残っている。  二人の言うことはわかる。  でもこのままじゃ優一が幸せになれるとも思えない。騙されているかもしれないってわかっていながら何もできないなんて。 「こんな悔しいことあるかよ!」 「あるのよ。光琉」  ママは諭すような静かな声を出した。 「わたしたちは男と女の営みの中に入っていけない存在なの。どんなに望んでも子供を産むことはできない。どうしたって男は仕込むほうなのよ。いくら好き合っていても、男同士で抱き合っても子供はできないのよ。命を宿す臓器がないの。だから女に挑んだら負けなのよ」 「だからそろそろ自分の幸せを見つけることも考えなさいよ」  司さんの手が肩に置かれた。労わるような優しい仕草でトントンとしてくれる。 「早く光琉が幸せになるところを見たいわ」 「早くのろけを聞かせなさいよ。でも実際のろけられたら腹立たしいかも」 「その時はいたぶってやりましょう」 「ママ……司さん……」  二人の気持ちが嬉しくてほんの少しだけ浮かばれた気がした。  優一がいない自分の人生。隣にいるのは優一じゃない、違う男。僕が愛した、僕を愛している男。  そんな日が来るんだろうか。  誰かが僕を好きになって、抱き合って眠る日が来るんだろうか。その時僕の中で優一はどんな存在になっているんだろう。  ママと司さんを相手にしこたま飲んだ。  愚痴ったり泣き言をいってもばかにされながらも許されて。そんな安心した空気の中で僕は素になっていく。  そのうち温かな腕の中に包まれて、まるで生まれ変わる様に深く眠った。
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