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出会い
目を覚ますと二日酔いで頭がガンガンと痛んだ。
今日が休みでよかった。このままベッドの中ですごそうと怠惰を決め込む。固まった身体をぐっと伸ばすと布団の中で誰かの脚に当たった。
「あ、ごめ」と言いかけて固まる。
誰かの脚って、誰の脚だ? まさかいつの間にか4本足の生き物になった? ってそんなばかな事あるかーい。
自分で突っ込みながら落ち着きを取り戻そうとする。無理だけど。
おそるおそる掛けてある布団をめくると間違いない、僕の他にもう一人いる。しかも男。裸体にて。
「ママ?」
もしかして飲みすぎて止めてもらっちゃった?
「それとも司さん?」
二人の住む家にお邪魔しちゃったんだろうか。
見覚えのない布団と天井を見つめながら、動揺しまくる。あれからいったい何が起きたんだ。どうかママか司さんでありますようにと願いながら隣にいる人の顔をそっとのぞき見た。
知らない人だった。
まじかまじかまじか。
なんでなんでなんで。
つーか誰?!
一気に頭の中が回転を始める。
いや確かに昨日思ったよ。
優一じゃない誰かの隣にいる日は来るのかってちょっとセンチメンタルなことを。そうやって誰かと恋をするのかなって。そんなことがあるのかなって思ったけれど、いきなりこれって何。
おそるおそるもう一度布団の中を見た。
間違いなく2人とも全裸だった。はあ~っと脱力する。
ベッドサイドの床の上には乱雑に服が脱ぎ捨てられている。半分ひっくり返って捨てられているのは昨日履いていたパンツだ。見覚えがある。
「うっそ……」
この人と? 顔も名前も全然思い出せない男と一晩明かしちゃったの?
自分の体具合的には無茶をした感じはない。多分セーフ。ってことはこの人に何かしちゃったわけ?
シュンとしてる自分の息子に話しかけたい気分になったけれど、答えてくれるでもなく。ベッドの下に落ちている丸まったティッシュが生々しい。
オーマイガッっと心のうちで叫びながら頭を抱える。優一問題が何も解決していないって言うのに次から次へともうっ。
ジタバタしていたせいか隣の男が身じろぎを始めた。
「ん-……」っと伸びをしながら片眼を開ける。そして僕を認めると柔らかく微笑んだ。
「おはよ。早いね」
「お、おはよ……」
「今日休みって言ってたでしょ、まだ寝てよ?」
「ひゃ」
あまりにも自然に腰を抱かれたから変な声が出た。向かい合う下半身に当たっている物体はもしかしなくても、彼の。
僕の動揺に気がつかないのか、彼は再び寝息を立て眠りに落ちたようだった。当たり前のように僕の腰を抱き、反対の手で腕枕をしてくれている。温かい。
人の体温にこんな風に触れたのは初めてのことだった。
いや、行為をしようとして失敗した過去の人たちとも触れたはずだけど、正直気持ち悪くて無理だった。
えーどうすればいいんだーと慌てる気持ちと裏腹に彼に抱きしめられた体は安心したようにぬくもりに包まれている。
優一だって他の女とこうしてるんだし、もういいじゃんという声がする。
そうだ。
僕が誰といようと、どうしようと、優一には関係ないし、どうにも思われない。僕は優一の特別な人じゃない。どう足掻いたって叶わない。
胸が痛い。
見ず知らずの人の体温に甘えるように僕も背中に手を回した。広くてなめらかな皮膚が手のひらに触れる。力を入れるとぐっと沈み込む。生身の人間の身体だった。
「そんなに力を入れてどうしたの?」
眠っているとばかり思っていたけど、彼は目を開けて僕を見ていた。
「そんな熱烈に求められると思っていなかったなあ」
「ちがっ」
「んーん。いいんだよ遠慮しなくて」
いとも簡単に転がされて彼の下に組み引かれていた。茶色の虹彩が朝日を浴びて煌めいている。
まだ若い男だった。
綺麗に整った今どきの顔をしている。くるりとしたウェービーな髪が垂れてやけに色っぽい。光を反射するブルーグレーの髪がキラキラと輝いていた。
どう考えても知り合いにこんなイケメンはいない。全然知らない人だ。
「だ、誰?」
咄嗟に名前を聞くと彼は「ん?」というように首を傾げ、口元だけで笑った。
「やだな、もしかして忘れちゃった?」
「忘れたって言うか、バーで飲んでいたはずなんだけど」
「だね。それから?」
何かを探る様にじっとみつめるまなざしから逃れるように顔をそらした。こんな近くでのぞき込まれるなんて居たたまれない。しかも寝起きのだらしない顔。
慌てたように言葉を繋いだ。
「ママと司さんと話していて、いい加減自分も幸せになれって言われて」
「そうだね」
「で、起きたらここにいたんだけど……」
「マジで?!」
彼はおかしそうに声を立てて笑った。
「全然おれ登場してないじゃん」
「ごめん」
ちらりと視線を送ると柔らかな色彩と出会う。
ふわりと微笑んだ顔からは不快さは感じられなかった。面白がるように僕を見ている。
「そっか、そんな前から覚えてないんじゃ仕方ない。月宮倫也だよ。呼んでみて」
「倫也、くん」
呼ぶと満足したように目を細めた。
「倫也でいいよ、光琉さん」
倫也は迷いもせず僕の名を呼んだ。
「昨日ママたちと盛り上がっていたあなたをナンパして、輪に混ぜてもらったんだ。光琉さんって綺麗な名前だねって言ったらあなたは嬉しそうに笑った」
そう言いながら僕の頬を大きなてのひらで包む。顔が近づいて呼吸が触れ合った。
「すごく心が惹かれる笑顔だったんだ。ぐっときたよ。だからこんな僕でも幸せになれるのかなってあなたが泣き出した時に慰めながら決めたんだ」
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