第20話 『終焉へと』

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 その光景は、とても異常な光景で。特に、レノーレ様を冷ややかな視線で見つめるアイザイア様が、異様にも見えました。しかも、その目はとても妖しく光っているようにも、私には見えました。 「本当に頭が悪いんだな。俺はこれでも、魔法の腕は一級品だ。……もちろん、魔術も呪いも、な」  アイザイア様が、そうおっしゃって苦しそうに倒れこむレノーレ様を見下ろされます。……つまり、今、アイザイア様はレノーレ様に魔術の類をかけられたということ、ですよね? それとも、呪い? まぁ、どちらの類だったとしても、アイザイア様が無事ならばそれでいいのです。……あれ、どうして私、レノーレ様の心配をしていないの?  それに対して、レノーレ様は床に倒れ込みます。そんな様子を見て、まだ微かに残っていた私の良心からか、レノーレ様に駆け寄ろうとしてしまいました。だって、いくら憎い相手とはいえ、苦しんでいる様子など見たくないのです。そう思っての、行動だった。ですが、そんな私をアイザイア様が引き留めます。そして、ただ首を横に振られました。……一体、、何がおっしゃりたいのでしょうか? 「モニカが近づく必要はないよ。……そもそも、俺がレノーレ嬢にあのナイフを持たせた。……というかさぁ、あのナイフには毒が塗ってあるんだよ。だから……もう手遅れなんだよなぁ。ははっ」 「ど、どうして、そこまで……?」 「どうして? そこまで? おかしなことを訊くよね。……今まで散々モニカを傷つけてきたんだから、これくらい当り前だよ」  そうおっしゃったアイザイア様は、ただレノーレ様を見下ろされる。レノーレ様は、苦しそうに私とアイザイア様を睨みつけていました。ですが、もう怖いなんて思わなかった。その目には涙が溜まっており、何故こうなったのか本当に分かっていないようにも、見えました。 「ねぇ、レノーレ嬢。キミは本当にバカで救いようがない。俺が仕掛けた罠に自ら嵌っていくなんて……愚かとしか、言いようがないよね。まぁ、いいけれど。利用だけさせてもらったからさ。そのまま苦しんで、死ねばいい。元々、国外追放はバラバラに行う予定だったから、キミがいなくなったところで、もうすでに追放されたと言えば終わることだ」 「ど、どうして……?」 「どうして? お前もおかしなことを訊くんだね。……別に、良いじゃないか」  ――キミたちは所詮、操り人形だったというだけだよ。  アイザイア様は、そうおっしゃって私の肩を抱き寄せられ、このお部屋を出ていこうとされます。私が思わず後ろを振り返ると、憎々しげに私たちのことを見つめるレノーレ様と、ばっちりと視線が合いました。でも、私はその視線から逃れるように、視線を逸らしました。 (……アイザイア様、何もここまでしなくてもよかった……はず、なのに)  私は、心の中でそんなことを思ってしまいました。でも、アイザイア様はにっこりと微笑まれると、そんなことすべてがどうでもよくなった気がして。アラン様のことも、レノーレ様のことも。アイザイア様にとっては、大したことではなかったのだろう、って。きっと、そういうこと。 「ねぇ、モニカ。もう、全部終わったね。……これからは、俺たちの邪魔をする人間なんていないんだ。……分かるよね?」 「……はい」  アイザイア様のそのお言葉に、私はただ頷き返事をします。アラン様も、レノーレ様も、いない。そうなればきっと……もう、私たちの邪魔をする人間なんて、いないはずなのです。 「全部、ぜーんぶ終わりだ。……ねぇ、モニカ。俺のこと、幻滅したかな? こんなにも冷酷で、残虐な人間だって知って、幻滅した?」  そんなことを、ふとアイザイア様が問いかけてこられる。でも、私は特に何とも思わなくなっていました。もしかしたら、薄々こんなお方なのだと気が付いていたのかもしれません。初めて嫉妬された時から、薄々分かっていたのかもしれません。……だから、私はただ目を閉じて、言いました。 「いいえ、幻滅なんて、していません」  と。  もしかしたら、この時すでに私もアイザイア様の狂気に徐々に染まっていたのかも、なんて。 「……アイザイア様。私は、アイザイア様のことが好きです。お慕いしております」 「どうしたの? 急に」 「いいえ、伝えたかったので、お伝えしただけです。……ただ、それだけなのです」 「そっか。まぁ、嬉しいからいいけれどね」  そうおっしゃって、アイザイア様が笑う。私は、このお方の狂った部分も、美しい部分も、全てをひっくるめて好きなのだ。そう思うと、笑いさえこみあげてくる。……あぁ、私も、狂ってしまったのかもしれない。ううん、違うかな。  ――私は、その美しき狂気に、魅せられたのだろうな。  そう、強く実感した。これがきっと――アイザイア様の、魅力。
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