第3話 『素敵な婚約者』

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**  その日、私の気分は限りなく底辺、つまりは落ち込んでいました。特に、誰かに何かを言われたわけではありません。ですが……私自身が犯してしまった些細なミス。それが、私の気分を底辺まで下げてしまっていました。 「……はぁ」  だから、本日幾度目になるか分からないため息を、私はつきました。  心底、本日の午後からの時間がフリーでよかったと思う。午後からの時間にもしも別の授業があったならば、悲しいことにミスを連発してしまう自信があったから。その現状に、また気分が下がる。 「……モニカ様。お気になさらずに。……誰にでも、失敗はありますから……」  そうヴィニーは必死に励ましてくれますが、特に効果はありませんでした。どうやら、今回のことは私のメンタルに相当なダメージを与えているようです。私はお妃教育やダンス、マナー等に関しては限りなく完璧主義に近いです。そのため、些細なミスでも落ち込んでしまうのです。  ――何事も、完璧にこなさなければ。  そんな風に、思い込んでしまっているのです。誰も、そんな完璧論を押し付けて来てはいません。それは、私にだって分かっていました。ですが、完璧でないと私自身が満足できなかったのです。 「……ありがとう、でも……」  ――やっぱり、完璧なお方の隣には、完璧な妃が並ぶものでしょう?  そう言いかけた言葉を寸前で取りやめ、私はその言葉を紅茶で喉の奥に流し込みました。  その言葉は、私の本心でした。完璧なアイザイア様のお隣には、完璧な妃が並ぶべき。それは、私を妬むご令嬢たちが常日頃から言っている言葉でした。そんな言葉など気にする必要はない。それは、分かっています。分かってはいるのですが……どうしても、気にしてしまうのです。 「……ねぇ」  私がそんな言葉を発した時でした。自室の扉が数回ゆっくりとノックされ、誰かが声をかけてきたのは。本日は、誰とも約束などしていないはずです。そんなことを思いながら私が返事をすると、そこには何度も見かけたことのあるアイザイア様の専属侍女の一人が、立っていました。その侍女はにっこりとした微笑みを浮かべながら、私に声をかけてきます。 「アイザイア様が、中庭にてお待ちです。……モニカ様を呼ぶように、と命令を受けましたので、参りました」  侍女のその言葉に、私は必死に頭を働かせました。  ――本日、アイザイア様と何かお約束をしていたかしら?  そんなことを必死に思い出そうとしますが、約束なんてした覚えがありません。しかも、本日どころかしばらく会う約束なんてしていないはずです。お互いに忙しいこともあり、次に会うのはきっと社交の場だと思っていたのに。 「……アイザイア様が、個人的にモニカ様をお呼びになっていらっしゃるだけですので、特にお気になさらず。お約束はしていないとおっしゃっておりました。……偶然、お休みが重なったようだとおっしゃっておりましたが……」 「……そうなのね。分かったわ、着替えたらすぐに来ます、と伝えて頂戴」  今のラフなワンピースよりも、もっときちんとした格好でお会いしたい。それは、私の少ない乙女心の部分が主張していたことでした。  ヴィニーに目線だけで合図をすれば、そくさくと動き出し、クローゼットを漁ってくれます。アイザイア様の専属侍女は、伝えることを伝え終えると一礼をした後、すぐに扉を閉めてどこかに行ってしまいました。 「……アイザイア様、一体何の御用かしら……?」  ふと、私はそうつぶやいておりました。  ただ、そのつぶやきは誰かに聞こえることはなく、空気に溶けていきました。
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