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「……落ち着いた?」
それからしばらくしたころ、アイザイア様はただそれだけのお言葉を、私にかけてくださいました。その言葉に、私は少しだけ未だに流れていた涙を手で拭いながら、頷きます。
「……はい」
――どうして、私はあんなミス一つでここまで落ち込んでしまっていたのでしょうか。
自然と、私の気持ちはそんな風に前向きになっていました。
完璧じゃなかったら、ダメだ。完璧じゃないと……価値がない。人が文句をつけられないぐらい、完璧にならなくては。そう努力をしなければ。自然と、心がそう思ってしまっていた。だが……それは、結局自己満足でしかない。……それに、どれだけ頑張っても文句を言う人は言うのだ。
「……そっか。じゃあ、良かった」
そんな風にアイザイア様に笑顔で言われると、胸の内が温かくなります。ですが、それを素直に口にすることは出来ず、私はただにっこりとした微笑みを浮かべていただけでした。素直に気持ちを伝えたい。そう、思ってはいるものの、なんだか照れくさくなってしまって、いつも結局伝えられないまま終わるのです。
その後、アイザイア様と私はまた違う話で盛り上がりました。次のパーティーは王妃様の誕生日パーティーだろうかということや、美味しいスイーツショップが街にできたらしい、ということ。そんな普通の世間話を、楽しんでいました。
ですが、話題が社交界の話になった時、私はふと嫌なことを思い出してしまいました。そのことが原因だと思います、どんどんまた気持ちが沈んでいくのです。
それに、アイザイア様はいち早く気が付かれたようでした。そして、苦笑を浮かべられています。その苦笑は、きっと私が嫌だと思っていることを良く知っているからこそ、浮かべられたものだと思います。
「モニカ。次の夜会、あんまり気乗りしないんだね」
「……えぇ、まぁ」
次の社交の場。それは、とある侯爵家で開かれる夜会でした。裕福であり、権力も持っている家が主催ということもあり、私の家であるエストレア公爵家も招待されています。しかも、王家の方もいらっしゃるのです。
まぁ、王家の方がいらっしゃるというのは、私がこの夜会に招待された時点で、アイザイア様が私のエスコート役として参加する、ということが決まっただけなのですが……。
「まぁ、参加したくないのならば参加しなくてもいいけれどね。そう思うよ、俺はね」
おっしゃられたお言葉。それが、アイザイア様の優しさだと私はよく知っています。ですが、いいえ、だからこそ、です。だからこそ……参加しないといけないのです。
――逃げたなんて、思われたくない。いつまでも、甘えてなんていられない。
心にあったのは、その気持ちでした。いつもいつも、私に喧嘩を売ってくるその侯爵家のご令嬢。彼女を……今度こそ、見返してやるんだ。それに、いつまでもアイザイア様に甘えることは出来ない。
「……いいえ、私は参加しますわ。……せっかく、招待されているんですから」
私はそう言って必死に不敵な笑みを浮かべていました。それに、先ほどまでめそめそしていた様子はなく、アイザイア様はただ一言「強くなったね」とだけ呟かれました。
――昔の私だったら、間違いなく悪口を言われたら、泣いていただろう。
きっと、アイザイア様はそんなことを思っていらっしゃるのでしょう。
ですが、アイザイア様のお心の中にはまた別の仄暗い感情が渦巻いていた。それに、私は気が付かなかったのです。だからこそ……あんなことが、起こってしまったのでしょう――……。
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