強奪

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強奪

 夜の十時。  私が交番で書類の整理をしていると、いきなり一人の男が息せき切って駆け込んできた。 「お、お巡りさん、か、金を盗られました」  私は男の顔を見た。何ヵ所も()れあがり、ふくれている。 「あ、あなたーー」私は指摘した。「先日世界チャンピオンのタイトルを奪取した、プロボクサーの渡辺選手じゃないですか」 「はい。そのとおりです。渡辺です」  私はそのタイトルマッチをテレビで観戦していた。挑戦者の渡辺氏が一方的に殴りつける試合内容で、元チャンピオンは防戦一方、たしか三ラウンドTKO勝ちだったはずだ。 「どういった感じで」  私は仔細を訊ねる。 「はい。うちのジムの会長は現ナマ主義で、今晩ファイトマネーの一億円を現金で私にくれたのです。大きなバッグに詰めて」 「はい」 「私は苦労をかけた妻に『どうだ!』と札束をおっぴろげて喜ばせてやろうと思い、うちに持って帰るため夜道を歩いていました。ところが、闇夜に紛れて物陰から賊が現れ」 「賊は、何人?」 「一人でした。『金をよこせ』というもんだからこっちも腕に覚えのある身、退治してやろうと殴りかかったんです」 「で?」  渡辺氏の瞳が涙をたたえた。恥ずかしげな声音でぼそぼそとつぶやく。 「殴り合いのすえ倒されました」
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