賞金稼ぎ

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賞金稼ぎ

 賞金稼ぎ……といえば、聴こえは悪いが、それでもイロットパにとってはそれが生きるための唯一の手段だった。  剣の腕前もさることながら、彼女がそういう道を選んだのは、憎っくき親の(かたき)を捜す意味合いもあった。  ……辺境の小国の公女として産まれながら、イロットパが八歳のとき、政変で両親を亡くした。姉は侍女たちとともにその騒動の渦のなか、群盗に(さら)われ、いまなおその行方はわからない。  国破れて山河だけが残った。  その土地もいまは一揆を扇動した憎き(かたき)、ギミヤ王家の血筋のグロミイカ伯爵家が占領したままである。  おそらく、姉らをさらった群盗たちもかの伯爵に雇われたものであったろう。  ……異変時、忠義心に(あつ)い衛士らがイロットパを抱えて隣国のネラルミ公国へと落ち延びさせてくれただけでなく、代わる代わる師となって剣や棒術、弓の(つか)い方を教えてくれたおかげで、イロットパは若くして古今無双の(とは、師の一人のことばなのだが)女剣士に成長した。  もともとその分野での才能が宿っていたのだろう、すでに十三歳にして剣の奥義(おうぎ)会得(えとく)した。  いま、十六。  すでにイロットパの名は、賞金稼ぎの間ではその美貌とともにつとに知られるようになっていた。  ……そもそも、ここ、ネラルミ公国は、北は大河に面し、西には険峻なるアタラクシア山脈、南は巨石群と延々と続く砂漠が拡がっていて、しかも農業生産が主体であって、義勇団的な警察組織だけでは隅々にまで網の目を張り巡らせることは困難である。だからこそ賞金稼ぎが大手を振って跋扈(ばっこ)する舞台が造られていったのだった。  イロットパにしてみれば、 (なんだか、あたいの回りにいる同業のほうが、ヤバいし、凶悪だし……) と、むしろ指名手配犯よりも警戒しなければならないのが、同じ賞金稼ぎの連中なのだった。  そしていま、行く先ざきで耳にする にまつわる噂が、イロットパの最大の関心の的であった。  かつてはこの地上で知る人ぞ知る女戦士であったという。それは千五百年も前のことで、けれど容姿も変わらずいまだに生き続けている事実こそ、 〈最後のヴァンさん〉 という呼び名にふさわしい勲章なのだろうと、イロットパはおもっていた。  むしろ、 「会えたら、弟子入りしたいな」 とすらイロットパは想像したりもしてきた。  ……いまや賞金稼ぎは人手不足の感があった。  なぜなら、ギミヤ王国で、十二体の魔物を封印していた“奇跡の壺”が壊され、放たれた魔物退治に賞金稼ぎたちは駆り出されたのだ。  イロットパもギミヤ王国へ向かうつもりでいたが、その途上で、 〈最後のヴァンさん〉 が向かっているらしいことを皮革行商人から聴いて、ネラルミ公国へ引き返すことにした。  ヴァンさんに会ってみたいという願望と、果たして“落ちこぼれ”と周囲から揶揄(やゆ)されているかつての戦士が、どういう方法で放たれた魔物たちと対峙(たいじ)しようとするのか、その一部始終を見極めたいという狙いもあった。 「だってさ、あたいからみれば、大々々先輩なんだから」  それにヴァンさんに同行することで、自分の剣士としての実力を認めさせ、驚かせてやろうといった茶目っ気もあった。 「ねえ、最後のヴァンさんって、どんな奴なんだろ」   ふいにイロットパの膨らみはじめた《《胸元から》声が響いた。  その声をキャッチできるのはイロットパだけだ。  胸元……というのは、彼女の乳房にあたるポケットのなかに棲んでいるピグモンテの声だった。人語を喋るのだが、その響きは特定の人物にしか伝わらない。爬虫類なのか、両生類なのか、哺乳類なのか、イロットパにはわからない。  外見上は、ハリネズミのようで、いや、なにかの卵のように丸く小さく納まるときもある。  ……ようするに、ピグモンテは、変幻自在の小さな幻獣の(たぐい)である。  イロットパの剣名が瞬く間に高まったのも、じつはこのピクモンテの活躍があったからこそともいえた。彼女にとっては守護神のごとき存在がピグモンテであり、互いに合う、かけがえのない友でもある……。 「それにしても、最後のヴァンさんなんか待たずに、さっさと魔物を退治すれば、それでいいじゃん。いつもは仲間なんか作らず、かたを付けてきたのに……。ね、そうだろ? イロリン?」  ピグモンテはよく喋る。  しかも、イロットパのことを、勝手に“イロリン”と呼ぶ。  そのつどイロットパは答えない。どうやら彼女がいちいち口に出さなくても、ピグモンテにはイロットパの内なる声が伝わるようなのだ。 「あ、誰か他所者(よそもん)がやってきたぞ」  ピグモンテが言う。  けれど、それは最後のヴァンさん一行ではなかった。  同業者のルビツキとハルヤストだった。  このふたりは、身長も服装もそっくりで、遠くから見ると区別がつかない。賞金首を油断させたり翻弄させる一種の目くらまし戦術なのだろう。だがふたり同時に現れると、顔立ちの違いは明白だった。  童顔のルビツキはあまり喋らないが時おり頬を引き()らせるような笑みを浮かべる。それがかなり不気味で、“物言わぬ怪童”とイロットパは名づけていた。ルビツキの得意の武器は、鎖鎌(くさりがま)である。  ハルヤストは耳の(びん)が長いのですぐに見分けがつく。おそらくルビツキよりかなり年長だとイロットパはみてとっている。得意な技は二刀流。左右の腰にさしたやや短めの刀剣を自在にあやつる。  ……過去に一度だけ、イロットパはハルヤストと剣を交えたことがあったが、なんとか彼女が互角に持ち込めたのは、ピグモンテが居たればこそで、それほどハルヤストの二刀流の攻撃力は凄まじいものがある。  できればこのふたりには近づきたくはないイロットパだが、これまでも行く先ざきで鉢合わせになるのはいたしかたないことであった。 「やっぱ、おまえも待っていたのか。でも、無駄だぜ。最後のヴァンさんの首はおれたちがいただくまでのこと……」  ハルヤストが高らかに笑った。 「……おれたちは、いわば、ヴァンパイア•ハンターなんだ。な、最後のヴァンパイアを仕留めてやりゃあ、おれたちの名は一躍有名になるってことだろ? ふん、女のおまえが出る幕じゃねえぜ」  一方的に喋り続けるハルヤストは、そのことばの辛辣さとは裏腹に、イロットパの姿を見つけたことをむしろ喜んでいるようさえみえる。かつて剣を交え、互角の戦いをしたイロットパに対しては、それなりの敬意を払っているようにも映る。  やはり心境は複雑なものがあるのだろう。 「ヴァンさんの首? って、どういうこと?    賞金首じゃないでしょ?」  やや声のトーンを抑え、イロットパが()いた。  すると最近メキメキと頭角を表してきた豪商の一人の名をハルヤストは挙げた。 「やつからの依頼さ。ヴァンパイアの血は、万病に効くそうだから、不老長寿のために欲しいんじゃないか」 「ヴァンさんの血を滋養薬にしようというわけ? そんなことより、どうしてあんたらは、ギミヤ王国へ行かないのよ」 「ふん、相手は得体の知れない魔物だろ? ほかの賞金稼ぎが戦って、どういう具合に()けるのか……それを探ってからでも遅くはねえだろうよ」 「あんたねえ、その卑劣な性根は、あたいがヤキを入れてやらないと治らないみたいね」  イロットパが剣に手をかけようとしたそのとき、ピグモンテが叫んだ。 「来たよ、来た、来た、最後のヴァンさん……が」  もとよりピグモンテの声は、ハルヤストやルビツキの耳には届かない……。
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