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それぞれの思惑
「なんか変な三人が道を塞いでいますよ」
チャーリーは右手に持っていた身長よりも長い棒きれを握り直すと、足を停めた。それからヴァンさんを振り返ることなく、ふたたび歩きはじめた。
チャーリーの視線はイロットパの胸……のあたりに釘付けだった。
「ちょっと、あんた! なにをジロジロ見てんのよ! いやらしいったらありゃしない」
痴漢と間違えたのか、それとも単に反応をみたかったのか、イロットパは怒ったふりをしている。それでもチャーリーは、
「君の胸に何かいる……飼ってるのかい?」
と、視線を外そうとはしない。
「え?」
と、驚かされたのはイロットパのほうだった。いまだかつて胸元に潜むピグモンテの存在を見抜いた者は一人とていない。
「あんた……何者?」
イロットパは警戒した。剣の柄に右手を添わし、左脚を半歩さげた。相手の咄嗟の攻撃に対処する構えの基本である。
『殺気はないよ』
言ったのはピグモンテで、その声に驚かされたのはこんどはチャーリーのほうだった。
「なに? 人語を喋るのかい?!」
「え? あんた、ピグモンテの声が聴こえるの?」
「それ、どういう意味なのかなあ」
真顔でチャーリーはたずね返した。すると後方にいたヴァンさんが、
「どうやら他のひとには聴こえないみたいだわね」
と、ぼそりとつぶやいた。
そのとき、風を切って飛んできた物体を、ひょいと棒で打ち払ったチャーリーが、
「なんだ! いきなり!」
と、ヴァンさんの身体をかばうように道の中央に立ち塞がった。
飛んできたのはルビツキが投げた鎖鎌なのだが、いとも簡単に振り払われたのみて、かれは隣のハルヤストに目配せをした。おそらく同時攻撃の合図であったのだろう、ハルヤストは腰の短剣を抜くと、それぞれ両手にもって、チャーリーの右側面に回った。
イロットパは動かない。
いや、動けなかったのだ。なにもできなかったのは、赤茶色のマントをはおったヴァンさんの視線が、フード越しに自分に向けられていたことに気づいたからだ。
風貌の上半分はフードのなかに隠れて見えない。けれど若々しい深紅の唇は、見ようによっては妙に艶っぽくもあって、一瞬イロットパは、相手のその唇から血がしたたるイメージを連想してしまい、気を削がれてしまったのだ。
我にかえってもイロットパがそのままの姿態を維持したのは、ルビツキとハルヤストの二人が本気でかかった相手がどういうふうにあしらうのかを見届けたいとおもったからだ。
(このひとが……最後のヴァンさん……)
会いたいと願っていた当人が目の前にいる緊張とともに、ヴァンさんと一緒の青年ですら、ピグモンテの声を聴ける能力を有していた驚愕が併せ合って、本来の女剣士としてのイロットパの初動対処力を殺いでしまっていたのかもしれない。
ヴァンさんは身動ぎ一つせずに、風にそよぐ葦のように佇んでいるようにイロットパには見えた。ピグモンテが指摘したように、殺気は放たれてはおらず、しかも武器すら携えていない。
(だとすれば……この青年にすべてを託しているのかなあ)
そう思ったからこそ、ルビツキとハルヤストの攻撃にも動じることがない青年にもより興味が沸いてきたのだった。
二十代半ばにみえるが、不老不死のヴァンさんを前にすれば、ひとの年齢など単なる記号のようにもおもえてくるから不思議だ。イロットパのような賞金稼ぎは、往々にして、相手の年齢や持つ武器などで、初動の態勢を無意識のうちに決めようとするきらいがあった。
だからこそ、目の前のチャーリーがいともたやすく棒きれでハルヤスト得意の二刀流をかわし続けていることにも、驚きを禁じ得ない。
(ええっ? このひとも賞金稼ぎなのかなあ)
イロットパがそう錯覚してしまったのが不思議ではないほど、チャーリーの棒術には冴えがあった。
(あれはただの棒きれなんかじゃない……たぶん、隕鉄で出来ているんだ……)
イロットパはそうと察した。太古の隕石に混入していた金属を精製して造った秘剣の一種である。長剣にも用いられることもあるが、素材の入手が極めて困難で、存在するのはそれこそ伝説の宝剣ぐらいのものだ。
そんな武器を軽々と扱う青年……チャーリーもまたイロットパからみれば、魔物のようにもおもわれてならなかった。
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